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55.真実
「こんなに上手くいくんだったら暗殺なんかしようとせず、最初からこうすれば良かったよ」
ヴァリスは変わらずに微笑みながら、跪かされているユタカのすぐ前に胡座をかいて座った。ユタカは後ろ手に縛られ、建物の横に流れる川の側に座らされている。ヴァリスの後ろで手下が焚き火を起こしている。
「お前はどうせ死ぬんだからさ。その前に知らなそうなことを色々教えてやるよ。
本当は、戦争中に俺がアスカ国王の直下の護衛について、カーモスの襲撃に見せかけて殺害するはずだったんだけど、俺を抜いてお前が護衛になったからぶち壊しになったんだ。
お前は本当に筋が良かったし、何より孤児だから、死なせても良家の出の奴みたいにお家騒動に巻き込まれないで済むから気楽だったんだよな。
だからせいぜい使ってやろうと思って目をかけてたんだけど、やり過ぎたよ。
俺は一応、カーモスでは一番の剣士だったんだ」
「……」
ユタカが心から信じて慕っていた上司は本当は存在しなかったのだ。ユタカは今までに感じたことのない、圧倒的な絶望を覚えた。
「戦争が終わって、俺はカーモスの国王を討ったお前を仇として殺すつもりで暗殺者を仕向けたんだ。
お前が死ねばイスパハルの戦力も大幅に下がるから、そこから少しずつ弱らせて征服する算段でさ。お前の次はアイノのつもりだった。
だけどな。調べを進めるうちに、お前を殺すよりもずっと簡単にイスパハルに打撃を与える方法があることに気がついたんだ。
お前の、可愛い奥さんだよ」
ユタカは耳を疑った。
「な……サザに、何をする気ですか?!」
「お前、やっぱり知らないんだな?」
ヴァリスは目を細め、嘲った笑みを見せて言った。
「教えてやるよ。サザ・アトレイドは暗殺者だ。
しかもめちゃくちゃに腕の立つナイフ使いの、な」
「そんな……」
ユタカは言葉を失った。
サザはユタカの思った通り、本当に暗殺者だったのだ。しかもヴァリスはユタカが知っている以上にサザのことまで調べ上げていた。ユタカは自分の迂闊さを呪った。
「サザと一緒に逃げてきた二人も暗殺者だ。
イスパハルで心機一転、普通の娘として暮らそうとしたんだろうけど、やっぱ一度染まった奴は隠しきれないんだな。
しかもサザはお前に隠れて暗殺の妨害すらしてきたしな」
ユタカは「どうしても言えない」と涙していたサザの顔を思い出した。
ばれたら全てが終わってしまうことに対して、サザは泣いていたのだ。
(サザはおれに隠し事をしていたんじゃなくて、本当の事がどうしても言えなかったんだ。言ったら死刑になるから。
本当にただ、おれを好きで、守ってさえくれていたのに。
それなのにおれは、サザのことを疑って。なんて酷い事を言ってしまったんだろう)
ユタカが青ざめるのを見ながら胡座に膝をついて、笑顔のままヴァリスは続ける。
「そんなに腕の立つ暗殺者を利用しない手はないだろ?
それでさ。これからお前のことは殺そうと思ってるんだけど、その前に一つ頼みがあって、今日はこうやって生かした状態で捕まえたんだよ。
死ぬ前に、サザと離婚して欲しいんだ」
「……どういうことです」
ユタカはヴァリスの意図が全く分からず、思わず聞き返した。
「俺は、サザ達にアスカ国王を暗殺させようと思ってる。
お前やアイノを殺してイスパハルを少しずつ弱らせるより、その方が遥かに手っ取り早いからな。
だが、アスカ国王は真実の誓いに引き換えて、お前とサザを直接庇護に置いて守る契約をしている。お前とサザは普通の国民と違って、もし居なくなろうものならイスパハル軍を総動員で捜索されるんだ。
そうなれば流石の俺でもごまかせない。お前が離婚しないで死んだらサザは領主になって、庇護はそのまま残って解除できなくなるしな。
それに気がつかなくて、こないだサザが出掛けた時に傭兵に襲わせてみたんだけど、ものの見事に返り討ちにされたよ。
まあ、あいつらの腕前を確認できたから結果オーライだけど」
「何てことを……」
あの時のサザの切れたスカートは、そのせいだったのだ。
「でも、お前がサザと離婚してくれたら庇護は消えるからさ。
そうしたら適当に窃盗罪でもでっち上げて捕まえるよ。
サザの仲間二人はサザを人質にして脅迫すれば従うだろ。全員捕まえたら三人まとめて暗殺組織の残党の所に放り込む。
あいつらは裏切り者の三人を、激しく憎んでいるんだ。
連れて行けば、もう二度とイスパハルに逃げようなんて気が起きないように、あらゆる手段を尽くして再教育してくれるよ。
カーモスの暗殺者としてさ」
サザの背中の鞭の跡は、かなり古い傷と新しい傷が混ざり合っていた。しかし、古いと言ってもサザはまだ二十二歳だ。年端もいかない頃から繰り返し暴行されていたのだ。
組織に連れ戻されたら、サザは死ぬより辛い目に遭わされるだろう。
「サザは、おれの妻です。絶対に渡しません。サザがカーモスで今までにどれだけ辛い思いをしたか……
ここで死ぬのは不本意ですが、あなたにサザを利用されるよりはずっといい」
「そう言うだろうとは思ってたよ。
これからお前には少し痛い目にあってもらうから、それで気が変わったら言えよ。
イスパハルの所定の離婚届は貰ってきてやったから、署名してもらえればそれでいい。
離婚届も入城手続きと同じ様に魔術で本物の署名かどうか判定するから、どうしてもお前の直筆のものが必要なんだ。理由は適当にサザの不貞をでっちあげるから空欄で問題ない。
署名さえくれれば大人しく殺してやる」
ヴァリスは冷酷な眼差しを湛えた笑顔のまま、おもむろに立ち上がった。
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