60.別れ

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60.別れ

 サザは早速、作戦を立てるために部屋の中を見回した。 (役立ちそうなものを探さなきゃ……)  ヴァリスの剣の腕はユタカとほぼ同等だろう。  森でのユタカの戦いぶりを見た限りでは、暗殺者のサザは剣士のヴァリスと面と向かって戦えば絶対に負ける。裏を掻く方法で戦わなければいけない。  天井のシャンデリアが目に入る。  蝋燭を立てる方式のいかにも重そうな鉄のシャンデリアは、教会として使われていた時の名残だろう。今は部屋の中はオイルランプで照らされているので、シャンデリアは明かりとして使われていない。 「ハル先生、あのシャンデリアは上げ下げ出来ますか?」 「ええ、あそこの壁に鎖が繋がっていて、ハンドルを操作して上げ下げできるわ」  サザがハルの指差した方を確認すると、おもちゃや絵本の入った棚の後ろの壁にハンドルが付いていた。ハンドルからは鎖が壁を伝ってシャンデリアまで繋がっている。レバーを下げるとシャンデリアのロックが外れる様だ。 (これは使えるかもしれない。あとは、私の武器だ)  サザは子どもたちに頼んで、孤児院にあるだけの刃物を持ってきてもらった。その中で切れ味の良さそうな包丁を二本選んだ。 「普通の包丁だけど、大丈夫……?」  刃物を持ってきてくれた女の子と男の子が心配そうにサザに尋ねた。 「うん。あるのと無いのとでは全然違うから。ありがとう」 (あとは、どうしよう……)  サザは上手く作戦が思いつかずに気持ちが焦り、思わずユタカを見た。  大きな子たちがユタカの身体を支え、背中の怪我に薬草を当てて包帯を巻いてくれている。  テオにいさん、と呼ばれているとても背の高い男の子が奥の部屋から自分のシャツを持ってきてユタカに羽織らせてくれた。  小さい子は心配そうにユタカの手を握ったり、寄り添ったりして涙ぐんでいる。みんな、自分達を守ってくれたユタカを助けたいと思っているのだ。  サザはふと気になったことをハルに聞いた。 「そういえば、アキラはこんなに堂々とユタカを回復させて大丈夫だったのですか?  ヴァリス達にばれたらアキラが危ないのでは?」 「いいえ、ヴァリスがアキラにユタカを回復させるように言ったの。  回復魔術の使える子どもがいるはずだと言って。回復したら、もう一度ユタカを痛めつけると言っていたわ」 「酷い……」  リヒトが拳を握りしめて言った。そんなことに回復魔術を使うなんて誰が想像できるだろう。 「でも、ヴァリスは最初から回復魔術の使える子が孤児院にいることを知ってたんですね?」 「ええ」  回復魔術は人を脅かさないので、魔術の痕跡が発生しても、検査官の魔術士が来ることはない。検査官が来るのは攻撃魔術が事前の申請無しに使われた時だけだ。  おそらくヴァリスは攻撃魔術を利用して子どもが助けを呼ばないように、事前に戸籍を調べ、孤児院にいる子に攻撃魔術の素養が有る子が居ないかを確認したのだ。 (そうだ。それを、逆手に取ろう) 「ハル先生、リヒト。作戦を考えたので、聞いてもらってもいいですか?」 「ええ」  サザはリヒトとハルを部屋の隅に呼んで、三人で丸くなってしゃがみ込んだ。 「私は暗殺者です。  腕の立つ剣士のヴァリスとまともに戦ったら、私は必ず負けます」 「……」  ハルとリヒトは絶句した。無理もない。 「だから、まともには戦いません。シャンデリアを使います」  サザは上を指差しながら言った。 「ヴァリスをシャンデリアの真下におびき出してから、ハンドルのロックを外して落とします。  シャンデリアは相当重そうだから少しでも当たればかなりの怪我になる。身体も挟まれるから動けなくなるはず。  そこで絶命しなくても、手負いになれば私が倒します」 「でも、ハンドルからだとシャンデリアの下は棚の死角になってる。  ヴァリスがちゃんとシャンデリアの下にいるかどうか、ハンドルの前にいると見えないよ」 「後からハンドルとシャンデリアの間に棚を置いたから、見えなくなったのよね。  上げ下ろしはほとんどしないから、必要な時は誰か子供にみてもらいながらやるの。普段は不便ではないんだけど」 「いえ、見えない方が好都合です」  サザは子どもたちがユタカの手当てのためにキッチンの瓶からバケツに汲んできた水を、シャンデリアのちょうど真下に、ユタカの体から流れた水の向きに合わせて不自然でないように少し撒いた。 「リヒトなら直接見えなくても、ここをヴァリスが踏んだら、音で分かるでしょ」 「音……! そうか、確かに……!」 「音で? どういうこと?」 (あ、ハル先生は知らないんだった……!)  サザはハルにリヒトの秘密を勝手にばらしてしまったことに焦ったが、リヒトは気にせず、ハルに自分の力のことを説明した。この状況なら説明しない訳にはいかないと思ったようだ。 「あなたの勘がいいのはそういうことだったのね……」  ハルは驚いていたが、思い当たる節が多かったようですぐに納得してくれた。 「でも、どうやってヴァリスを上手い位置に来させるの?」 「まず、倒れているユタカと子どもたちはシャンデリアより奥に移動してもらいます。  ハル先生はその前に立って、ヴァリス達が入ってきたら、攻撃魔術を使って助けを呼ぶと脅してください」 「攻撃魔術を?  そんなことを言って信じるかしら。私は素養は無いし」 「ヴァリスは攻撃魔術が使える子が孤児院にいるかどうかを戸籍を見て事前に確認しています。  誰かがここで攻撃魔術を使ったら、痕跡のせいで検査官がここに来て、全てがばれてしまいますから。  全国民への素養の確認は七十才以下の者へのみでしたから、ハル先生は外れています。  どんなに怪しくても、ハル先生が攻撃魔術を使えないことを証明するものが無いんです。  ばれたらすべてが水の泡になるこの状況でなら、ヴァリスはリスクを取って一時的には信じるはずです」 「なるほど……」 「そして、ヴァリス以外の手下は建物の外に出るように脅してください。ヴァリスと同時に手下まで相手にするのは厄介なので、別々に先に倒しておきたいのです。  手下達が外に出たら、私も天窓から外に出て包丁で全員殺してきます」  サザの口から出た『殺してくる』という言葉に二人はぎくりとしたようだ。 「そのうち、ヴァリスはしびれをきらしてハル先生を攻撃しようとするでしょう。その時、必ずシャンデリアの下を通ります。  リヒトはそれまで、棚の影に隠れて音をよく聞いて。  シャンデリアの下にヴァリスが来たら、ハンドルのロックを外して落とすの。  私は手下を始末したらすぐに天窓から戻ってきて、二人の援護に周ります」  作戦は整った。滞りなく決行すれば、きっとヴァリスを倒せるはずだ。  「きっと、やり通します。  二人も、どうか……頑張って」 「分かった」 「分かったわ」  サザはリヒトとハルと三人で抱き合った。 (最後にもう一回、ユタカの顔を見ておこう)  サザがユタカの近くに寄ると、ユタカの周りにいた子ども達がサザのために場所を空けてくれた。  サザはお礼を言ってユタカの傍に屈み込んだ。  ユタカは深く眠っていて、当分目を覚ましそうにない。サザは横たわっているユタカの前髪を撫で、閉じられた瞼の黒い睫毛にそっと触れた。  ユタカは稀有な程の優しさと強さを抱えて悩みながらも、サザにも真っ直ぐな愛情を注いでくれた。  本当に、心から大好きな人だ。 (全部が無事終わったら。  私は馬に乗ってすぐに王宮に自首しに行こう。  でも、それなら私はもう、目を覚ましたユタカには会えないかもしれないってことか)  サザはユタカの頬に手を当てると、その唇にそっと自分の唇を触れさせた。  サザはその時、ふと、ユタカに自分からキスしたのが初めてだったことに気がついた。  ユタカはサザよりずっと背が高いので、ユタカに頼んで屈んでもらわないとサザからだとちっとも届かないのだ。 (一回くらい、頼んでみれば良かったな)  サザはそんなことを思いながらも、感情的になりそうな心を無理やり振り切って立ち上がった。
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