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66.国王の裁き
次の日の正午になり、サザの牢へ兵士が来た。
「国王による裁きの時間だ。王の間に出てもらう」
「分かりました」
牢の扉を開けて三人の軍服の剣士が入ってきた。抜刀した剣士二人がサザの両脇に立ち、もう一人がサザの手を後ろで縛る。サザが逃げたり抵抗したりすることを警戒しているのだろうが、そんなことをする気はない。
謁見の時のように長い長い廊下を剣士に導かれるままに歩く。かなりの距離を歩いて、見覚えのある大きな金色のレリーフの扉の前へ辿り着いた。剣士によってドアが開けられる。
多くの大臣や宰相などの来賓がいた謁見の時と違い、広い広い王の間には、玉座に座った国王しかいない。
扉から玉座までが遥か彼方に感じるが、国王が真剣にサザを見つめる目線だけは、扉が開いた瞬間にはっきりと感じ取れた。
サザは抜刀した剣士が両脇に立った状態で扉から玉座の前まで続く赤い絨毯の上を歩み進め、玉座の前まで来ると跪いた。謁見の時と同じ、王族のみが着る白の軍服姿だ。
国王は手で合図をして、剣士を下がらせた。この広い王の間にいるのはサザと国王だけだ。
「サザ・アトレイド。
……まさかこんな形で再会すると思わなかったな」
「申し訳ございません」
サザは跪いて国王の視線を真っ直ぐに受けて言った。
「お前が一番気になってるだろうことを、先に伝えるな。
今回の件で死んだのはヴァリスだけで、ユタカとリヒトとハルと子ども達は全員無事だ。
リヒトの能力については、アイノがこの国の上位十人の魔術師から危険をもたらすものではないという証明を取っておれに提出している。保護者であるユタカの息子である限りは特には監視しないことになった。
アキラという子が魔力の使いすぎで倒れて暫く寝込んだらしいが、すでに回復したそうだ」
「安心しました……ありがとうございます」
思った通り、皆無事なようだ。それに、リヒトもユタカと離れ離れにならずに済む。これなら本当に何も、心残りはない。
「事件については、ユタカ・アトレイドとその他の現場にいた者達から聴取をして概要は理解している。ユタカには、森で暗殺されそうになった所から順を追って説明してもらったよ。
……お前の罪状を述べよう。
お前は真実の誓いに背き、暗殺者であることを隠してユタカと結婚した。それがこの国では死刑であることは、分かっているな」
「すべて承知の上です。
後悔することは何もありません」
サザは国王の目を真っ直ぐに見つめたまま、きっぱりと言った。
死刑と言われたのに一切表情を変えないサザの揺るぎない様子に、国王は困惑したようだった。
「……普通、この場に来る奴は皆、もっと狼狽するんだ。お前のその強さは一体どこから来るんだ」
「私は自分が生きてるうちにやるべき最も重要な仕事を全うしました。
それに満足しているからです」
「……」
国王はサザの目を見つめたまま、小さくため息をついた。
「サザ。
悪いが、少しだけお前の話を聞かせてくれないか。
お前はユタカとリヒト達を命がけで助け、ヴァリスの脅威からイスパハルを救ってくれたんだ。
それでも、おれは自分が作った法律に基づいてお前を死刑にしないといけない。
法に例外を作ることは出来ないからだ。
お前は極刑だから話しても話さなくても、刑は変わらない。
黙秘権もある。無理にとは言わない」
サザは国王の言葉に少し驚いた。
国王ともあろう人が、極刑の罪人にここまで丁寧に接してやる必要はないはずだ。
国王はサザを死刑にするなりに、サザの命にきちんと寄り添ってくれようとしている。
サザは、いつも真っ直ぐな言葉でサザを思っていてくれたユタカのことをふと、国王に重ねて思い出した。
「分かりました。どうせ、死ぬことには変わりありません。何でも話します」
「ありがとう。
じゃあ……幾つか質問をさせてくれ。
そもそも、お前はどうして暗殺者になったんだ?」
「私は生まれた時から、暗殺者になる以外の選択肢がありませんでした。
生まれてから最も古い記憶で、既にカーモスの暗殺者組織で暗殺者として育てられていました。両親の素性も一切分かりません。
しかし、望まずに就いた暗殺者の職でしたが、気がつけば自分の人生とは切り離せないものとなっていました」
「そうか……大変な苦労をしたんだな」
国王は顎に手を当てて目を細め、サザを見つめた。
「お前たちは腕の立つ暗殺者なのに、イスパハルではその仕事を捨てたな。それはどうしてだ?
暗殺者の職に就けば食うに困らない生活が送れたはずだ」
「私達四人はカーモスの組織での酷い扱いに耐えかねて、生きるためにイスパハルへ逃げてきました。
イスパハルの人達は皆、優しい心で私たちを迎え、ちゃんと人として扱ってくれました。そんなことは生まれて初めてだったのです。本当に嬉しかった。
確かに私達には暗殺の腕前では右に出るものは居ないと思えるくらいの自負がありました。実際、そうだから組織を振り切って逃げることが出来たんです。
でも、命令に従ってただ金のために人を殺すのは、私達の本望ではありません。そんなことはもう二度としたくなかった。
それにイスパハルでは暗殺者は憎まれる存在です。
だからイスパハルでは足を洗って『普通の娘』として生きたいと思ったんです」
「そうか……
その強さを誰にも明かすこともできず、イスパハルではあまつさえ非難の対象にすらなることは、きっと悔しくて辛かっただろうな。
今回の件でお前は暗殺者だとばれて死刑になると分かっていて、ヴァリスを殺したな。そうしようと思ったのはどうしてだ?」
「ユタカの身体の傷を見たら、彼が今まで、十分すぎるほどに傷ついていることが分かります。
彼の優しい心は、誰かを守るときに自分が傷つくことを厭わないからです。
その優しさによって、ユタカは私を助けようとして、ヴァリスに深く傷つけられました。
この人にはもう傷ついて欲しくないと、私は心から思っていたのに……
私はこの復讐のためになら死んでも構わないと、はっきりと思いました。
最後に、暗殺者としての力を正しく使って、ユタカ達を守りたいと思ったのです」
サザはそこまで話して涙が出そうになってしまったが、すんでの所でぐっと堪えた。
最後は、泣かないでいたい。
もう、やり残したことなんて何もないのだ。
涙を堪えて俯いたサザの様子を国王は静かに見守っている。
「本当にユタカ・アトレイドを大切に想ってくれていたんだな。
お前の気持ちはよく分かったよ。話してくれてありがとう」
国王はサザを真っ直ぐに見つめ、悲しそうな瞳のまま、口元だけで微笑んだ。
きちんとサザの気持ちを理解してくれたようだ。
二人の間に、しばらくの沈黙が流れた。
「サザ。いいか。
そろそろお前の判決をきちんと述べることにするよ」
「もちろん、かまいません」
国王は立ち上がるとサザの前まで歩みを進め、腰の剣を抜刀した。ここでユタカと一緒に真実の誓いを取り交わした時と同じだ。
長剣の刃を、跪いたサザの首元に当てる。
あの時と同じ。
覆すことの出来ない、圧倒的な冷たさだ。
国王が、口を開く。
(全部が、これでよかったんだ)
サザは波紋一つ無い湖面のような静かな気持ちで、それを待った。
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