【エブリスタ1000スター感謝SS】戦地にて

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 アイノは茂みの(いばら)で指に少なくない傷を作りながらも懸命に止血の薬草を探したが、日の落ちた森で薬屋でも無いアイノが薬草を見つけるのは不可能だった。かろうじて集められたのは焚き木にする小枝だけだ。 (私は何の役にも立ってないじゃないか)  ずたずたになったアイノの自尊心の欠片はもはや吹き飛んで消えてしまいそうだった。  攻撃魔術士のアイノは回復魔術が使えない。それ以前に、焚き火に火をつけることすらできない。薬草を見つけることも、ユタカを満足に手当してやることも。 (私はアイノ・キルカス。このイスパハルで誰よりも優れた魔術士の筈なのに)  実際、今日の戦いは対カーモスの要となる戦いで、その戦果はアイノの魔術によるものだ。  アイノが明日生きて帰れば。  きっと国王陛下も上官も、父も母も。みんながアイノを素晴らしい魔術士だ、キルカス家の誇りだと褒め称えるだろう。それは皆が、そしてアイノ自身が一番に望んでいたことだ。  そしてユタカはその戦果に添えられた一つの儚い命として葬られる。 (私は、目の前のたった一人……私を命がけで助けてくれた一人が、救えないんだ)  アイノその考えに行き着いたは思わず、言葉にならない何かを大声で叫んだ。叫びは夜の帳に吸い込まれていく。悔しさか悲しさか、或いはその全てが涙に形を変えてアイノの緋色の瞳からぼろぼろと溢れ出てきた。アイノは崩れ落ちるようにして地面に膝を付いた。アイノはどうにか気を落ち着けようとして深呼吸をし、鼻を(すす)った。 (泣いてもそれこそ、何の足しにもならない。最悪だ……)  薬草は見つからなかったが、焚き火は木を焚べなければもうすぐ燃え尽きてしまうだろう。消えれば火打ち石が上手く使えないアイノではもう火が起こせないかもしれない。アイノは泣きながら急いで焚き木を拾い、ユタカに見られないようにと滲んだ涙を手の甲でごしごしと強く擦りながら元居た焚き火へと歩みを進めた。  森の入り口が見える所まで来るとさっきの焚き火が見えた。早く戻らなくては、と駆け足になった時、遠目に見てユタカが横たわっている場所に立ち上がった人影が見えた。 (……ユタカ?)  アイノは一瞬、ユタカが立ち上がっているのかと思ったが違うようだ。人影が複数ある。今にも消えそうにちらつく焚き火の明かりに、その人影が手にした何かがきらめいた。  刃物だ。 「おい! 誰だ!」  アイノが思わず叫びながら駆け出すと、こちらに気がついた人影はものすごい勢いで散り散りに駆け出した。  アイノは手に持った小枝を放り捨てて焚き火まで全速力で走ると咄嗟に影を追いかけたが、その間もなく人影は森の闇の中に一瞬で消えてしまった。 アイノは横たわったままのユタカに血相を変えて駆け寄った。 「何されたんだ! 大丈夫か?!」 「……アイノ。大丈夫だ、落ち着いてくれ」 「そんな筈ないだろ! 刃物を持ってた」 「違うんだ。手当てしてくれた」 「……手当て?」  アイノがユタカの身体を見ると確かに、血まみれだった包帯は新しい物に替えられており、傍らには新しい包帯が三つ転がっていた。  アイノが消えそうな焚き火の元、ユタカの胸の手当の跡をよく見ようと暗がりで目を凝らす。包帯の下には大判の薬草が傷に当てられ、はみ出している。  アイノは毒薬の類を疑って目を見開いたが、縁が奇妙に枝分かれした紫色の大きな葉は学校で習った記憶がある。「エルフの(てのひら)」と呼ばれる、この世で唯一回復魔術の力を帯びて生えてくる非常に珍しい薬草だ。完治こそできないものの、ユタカの止血と痛みの緩和には十分効くはずだ。しかし、この植物はこの大陸では自生しないはずである。 「ナイフ出された時はおれもてっきり殺されるのかと思ったけど、包帯を切るのに使ってただけだ。目の直ぐ下から顔に黒い布を巻いて隠してたけど、多分、女だった。おれより少し年下くらいの」 「女……? 一体誰だ?」  そんな賊に心当たりはない。しかし、ユタカは手当のおかげかだいぶ表情が和らいでいるし、出血も止まっているようだ。  これならユタカは明日まで生き延びられるだろう。九死に一生を得るとはこのことだ。アイノは心が一気に緩んで思わず目から涙がほろりと溢れてしまったが、それをユタカに見られるのが嫌で顔をぶんぶん振って振り落とした。  ユタカにはアイノの涙が見えたはずだが、それについてはユタカは特に何も言わなかった。いつもの様に殴られるか魔術で燃やされるとでも思ったのかもしれない。気まずいアイノは口を開いた。 「もうお前、イーサに帰ったらどうだ。こんな怪我をしてまで頑張ったんだ。誰も文句なんて言わないだろ」 「違うだろ。ここで生きるなら、おれには仕事があるだろ。組みになってるアイノを守ることだ」 「何だよ、それ……」  アイノはユタカの言葉に大げさに顔を顰めた。嬉しい気持ちが顔に出そうになったからだ。 「せっかく助言してやったのに、勝手にしろよ。私ぐらいになればお前の代わりなんて幾らでもいるんだからな」  アイノが口を尖らせながらそう言うと、あはは、とユタカは声を上げて笑った。  アイノはユタカの言葉と同時に、この男が自分を守ろうとする限り、絶対に死なせないと静かに心に誓ったのだった。
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