1 プロローグ

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1 プロローグ

 九年前におれの大事なファーストキスを奪った男と、運命的な再会を果たした。    *    高卒で就職した会社を一年で辞めた。上司と反りが合わなかった。転職先が決まらずアルバイトに明け暮れるうち、バリバリのフリーターとして成長を遂げていた。  その男は、俺の働いている居酒屋にやってきた。本当に偶然で、俺はその男が来るなんて思ってもなかったし、向こうも俺に気づかず独りで梅酒を飲んでいた。   「俺のこと、覚えてるか?」    思わず声をかけていた。男は不審がって眉をひそめる。 「誰だ。お前のことなんか知らん」  冷たく突き放されたが俺も食い下がる。頭に巻いていたバンダナを取って顔を見せた。 「俺だよ。同じ中学の、杉本(とおる)だ」    俺の顔を見た男ははっと目を見張ったが、いきなり立ち上がって帰ると言い出す。   「えぇっ! ちょ、待ってくれよ。あんた、自分が頼んだもの忘れたのかよ」 「うるせえ。てめえが食え」 「うっそ、めっちゃ口悪くねぇ?」  もうすぐピザが焼けるから少し待つよう伝えるが、男は強情だった。帰ると言って聞かない。   「つうか、さっき絶対思い出したよな? 俺の顔見て、はっとしたでしょ。思い出したよな!?」 「うるせえ。お前のことなんか知らんと言ってるだろ。しつこい」    男は既に扉を開け、半歩外に出ていた。俺はカウンターから飛び出して後を追った。   「おい! ほんとは覚えてんだろ」 「知らんもんは知らん。警察呼ぶぞ」 「うるせえ! お前、桐葉……桐葉悠絃(きりはゆづる)……だろ?」    店外までしぶとく追いかけて詰め寄ると、男は観念したように口を割った。   「忘れるはずがねぇ。初体験の相手なんて」  
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