2.ふしぎな夢

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2.ふしぎな夢

 やがて冬に入り厳しい寒さがやってきました。一階の洋品店で働く母親は仕事で忙しく、あまりカレンデュアにかまってくれません。朝早くに部屋を出るので起こしてもくれず、カレンデュアは自分で起きていつもひとりでパンとミルク、ときにはたまごやソーセージを食べるのでした。そんなある日、寒さのせいか熱を出してしまったカレンデュアはふしぎな夢を見ました。  気が付くと彼女は見知らぬ町にいました。両脇に店が並んでいて、その街道を一人で歩いて行きます。すると誰もいなかった道端にぱっと人影が現れました。黒い修道服を着た女性です。頭には何もかぶらず、腰のあたりまである長い髪を下ろしていました。カレンデュアは近付きますが、誰なの? そう問いかけたくても声が出ません。するとカレンデュアを見詰めてその“誰か”は言いました。 「カタリマスカタリマス……。あなたは悪い男に騙された女の生まれ変わりです。その女はそれが原因で生活が台なしになった末に病に臥し、苦しみ抜いた末に死んでいきました。彼女は病床のなか、自分を騙した男を呪い続けました。そして今度こそ生まれ変わったら幸福な恋がしたいと願いました。  ところがそれは彼女に与えられた性≪さが≫という試練だったのです。彼女は純粋すぎるが故、人を疑うことを知らず、また情に流されやすいため悪い男に騙されてしまいまいました。  それはカレンデュア、あなたにも言えることなのです。あなたは彼女の生まれ変わり。性格や思考まで似ています。そのためあなたは、このままでは彼女と同じ運命を辿ることになるでしょう。そうならないための助言をします。それは……  まず絶対に恋人は作らないこと。あなたが恋する男性は、けっしてあなたを幸せにできない人です。それは悪い人間とは限りませんが、恋に翻弄されてはいけません。理由はさまざまですが、それを成就しようとすれば必ず不幸な結果をもたらします。  これはあなたに与えられた試練なのです。前世の女が自分の愚かさを学ばずして生涯を終えてしまったことを、現世のあなたは同じ性質を与えられてやり直しているのです。これを克服できれば、あなたの来世は幸福が約束されます。  これからあなたは運命に導かれ、修道院へ行くことになるでしょう。そこにはたくさんのカレンデュアが飾られた聖堂があるはずです。そこで誓いを立てるのです。  最後に、と念を押すように言ってから“誰か”は続けました。  これだけは忘れないでください。このことはけっして誰にも話してはいけません。一生あなたの胸の中にしまっておくのです」  そして夢はそこからぼやけていきました。  目が覚めるとカレンデュアはぐっしょりと汗に濡れていました。あんな夢を見た後で胸がもやもやして、服はべたべた肌に張り付いて不快でたまりません。カレンデュアは泣きたくなりました。 「お母さん……」  すると横に母親がいたので、それを見たとたんカレンデュアはすっかり安心して力が抜けていきました。 「頭は痛くない?」  カレンデュアがうなずくと母親は背中を支えながら、娘に木杯で水を飲ませました。それから体を拭いて寝衣も着替えさせました。体を起こしたままカレンデュアが母親に問いかけます。 「いつ来てくれたの?」 「お昼よ、でもまたすぐ仕事に戻らないといけないの」  そんな。カレンデュアはすっかりしょげてしまいました。また一人になっちゃう。一人になりたくないのに……。さっき見た夢のことが言いたくて、でも話してはいけないと言われたから言えなくて、カレンデュアはまた胸がもやもやしてきました。 「ちゃんと治るまで寝てなさい」  母親の手が肩を押しやり、カレンデュアはあおむけに寝かされました。さらに首まで毛布をかけられたカレンデュアは、寝台の上で不安そうな顔をしました。母親はそんな娘を安心させるように笑いかけ、毛布にそっと手を当てると 「静かに寝てるのよ」と言って部屋を去りました。  あれは本当だったのかしら。それともただの夢だったのかしら。  眠りの中に入るのが怖かったのに、まぶたがふさがっていくのを止められないカレンデュアは、また眠りの闇に溶けていきました。
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