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4.告げる修道女
同じ日の早朝、わずかな荷物をトランクに詰め込んでカレンデュアは生まれ育った家を離れました。母親と同じ職場で働いているタラやほかの従業員たちはまたいつでも戻っておいでと言ってくれて、カレンデュアもそのつもりでした。カレンデュアにとってこれは旅に出るような感覚だったのです。まさかこの日母が亡くなるなんて思いもしません。彼女は家を去るとき、また帰ってくるからね、と頭のなかで言ったのでした。
駅に着いてそこから汽車に乗り、わからないことをそばにいた人に尋ねながら、目的地に向かいます。最寄りの駅で汽車を降りて地図を片手にきょろきょろしていると「おじょうちゃん、どうしたの?」と婦人に声をかけられました。母親が働いていた店に来ていたお客さんのような出で立ちで、つばの広い帽子をかぶり、温かそうな毛皮のコートを着たお金持ちの婦人でした。その人が親切にもカレンデュアを自分を迎えに来ていた馬車に同乗させてくれました。おかげでカレンデュアは、遠い道のりを歩かずに目的地のそばまで行けました。親切な婦人にお礼を言って馬車を降りるとそこからは地図を片手にトランクを転がして歩いていきます。すると
「あった!?」
思わず感動してカレンデュアはそう叫んでしまいました。標札と紙を照らし合わせ――
「“サントリナ女子修道院”。うん、ここに間違いないわ」とカレンデュアは納得して、さっそうとした足取りで開いた門を潜って行きました。青い尖塔の頭に十字架をいただいた本館らしき白亜の建物が、丘陵の上に立っているのが見えます。そこへ続く長い長い石の階段をカレンデュアは小さな足で懸命に上って行きました。なんて長い階段なの! 小さな肺が悲鳴を上げ、カレンデュアはだんだん息が苦しくなってきました。足も筋肉を使いすぎて少しずつ速度が落ちていきます。そして折り返し地点になっているところまで来てそこで膝に手を突いて呼吸を整えていると、なにやら視線のようなものを感じてカレンデュアは顔を上げました。すると白いペンキを塗ったベンチに頭にベールを被り、黒い修道服を着た若い女性が座っていました。彼女がじっとこちらを見ています。
「あら、あなた。下でチャイムを鳴らさなかったの?」
女性に指摘されてカレンデュアは泡を食ってしまいました。
「あ、ごめんなさい! 門が開いていたので、上で尋ねたほうがいいのかと思って……」
怒られる。そう思ってぎゅっと目を瞑って覚悟していると、クスクス――と聴こえてきたのは笑い声でした。女性は口元に拳を当てて笑っていました。
「まあいいわ。下でチャイムが鳴ったところで、わざわざこんな長い階段を降りて下まで行って顔を出すような人もいないでしょうしね」
すると女性は腰を上げました。
「さあ、こっちに来て。あなたを待っていましたよ」
「え?」
女性が何故そう言ったのかわからず、カレンデュアは困惑してしまいました。
「もしかして、わたしがここに来るってお母さんから連絡が来ていたんですか?」
「いいえ」と女性は首を振りました。
「じゃあ……」
女性はしたり顔ででこう言いました。
「あなたがここに来ると“予感”していたのです」
それを聞いて、ますます困惑してしまうカレンデュアでした。
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