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9.つめたい指先
修道院での生活を続けたカレンデュアは、太陽のようにきらきらした笑顔が魅力の美しい娘に育ちました。十七歳にもなると胸もふくよかになり、だいぶ女性らしい体型になっていました。あの長い階段のおかげもあってか、おしりはキュッと上がっています。それはちょっとした自慢でした。修道院ではすべて自給自足の生活なので畑仕事も大工仕事も自分たちで行います。ワインの醸造や医療まで。
ある昼下がり、数人で畑仕事をしていると一人がくしゃみをしました。すると誰かが言いました。
「最近風邪が流行ってるみたいね。みんな寝込んじゃって」
隣で作業中の娘が言います。
「それがね、風邪じゃないかもしれないんですって」
「やだ、じゃあ何かの伝染病?」
「まだわからないから、今度お医者さんが検診に来るんですって」
タンジーから連絡が行き、翌日検診が行われることになりました。
「若い男性のお医者さんですって」
翌朝医師が来て検診が始まると、修道女たちは廊下に並ばされました。順番待ちをしている間、彼女たちはみんなそわそわしていました。清貧・貞潔・服従の修道誓願を立てたとはいえ、彼女たちは“女”なのです。カレンデュアも胸が高鳴りました。緊張のせいなのか落ち着きません。診察を終えた人からでしょうか、情報が後ろに回ってきました。
「足が長くてハンサムな先生らしいわよ」
「いやん〜恋しちゃったらどうしましょう!」
「シーナったら、興奮しないで」
やがて自分の番が回って来たカレンデュアは、医師がいる部屋に入りました。中には、上下お揃いの生地のズボンとベストにループタイを合わせた、見なりの良い紳士風の若い男性が椅子に座って待っていました。彼は机上の記録用紙にさらさらとペンで記入してからこちらに向き直り、どうぞと手を差し出して椅子に促しました。
「よろしくお願いします」
カレンデュアはそこに座り、医師と向かい合わせになった途端――心臓が鉄槌で打たれたかのような強い衝撃に襲われました。何これ? 知的な感じのする円形の眼鏡越しに正面から見詰められて、カレンデュアはしびれたように動けなくなってしまいました。手にも汗がにじんできます。顔が熱い。やだわ、わたしったら顔が真っ赤になってるかもしれない!
「口を開けて。あー」
言われてカレンデュアは口を開け、あーと言って舌を出します。中を覗いた医師は
「とくになし」とつぶやきながらまた紙にペンで記入しました。
「顔が赤いですが」
言って彼の手がカレンデュアの額に触れ
「ひゃっ!」
カレンデュアはびっくりして思わず叫び、顔を退いてしまいました。
「失礼、冷たかったですね」と医師は謝り、熱はないか、と独り言を言いました。
自分たちの部屋に戻ると「どうだった」とさっそく診察のことを聞かれました。カレンデュアは小さい声で答えました。
「とくになにも」
「ちがうわよ」
ルームメイトのルーダがじれったそうに叫びました。
「先生がどうだったかって聞いてるの」
カレンデュアは頬を赤く染めました。うつむいてそれを隠します。あ、照れてるとルーダがニヤニヤとしてからかうので、カレンデュアは恥ずかしくて部屋の端っこに逃げました。
向かい合った途端、心臓が飛び跳ねたなんて言えない! 彼の長くて繊細な指先が額に触れた瞬間、ひんやりしたのに顔が熱くて焦げそうになったなんて、言えない!
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