素直に伝えるイラスト

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「穂波、高浦。居るか?」 黒板側の入口から私達の名前を呼ぶ声がした。眼鏡を外した私には、ぼんやりとした輪郭しかし見えていない。別に、呼ばれているからと言って慌てること無くゆっくりと眼鏡を拭いてかけ直す。  はっきりとクリアになった視界には、美術部部長の合桜(あざくら)(とおる)先輩が居た。目が合うと「よっ!」と手を軽く振った。なんてチャラい先輩なんだ。だが、そんな先輩に教室に居る女子は、目をハートにして見ている。もう、夏休み前に学校祭前だ。合桜先輩に彼女が居ないて言う噂の1つも流れていない事を知ってか知らずか。女子達は、合桜先輩に話し掛けに行く。 「望結、紗奈。合桜先輩が呼んでるよ」  聞こえたます。合桜先輩の声は、低過ぎない好青年の様な透き通る声だ。その為か、教室が少し騒がしくてもよく通る。 「今行きます。紗奈、頑張ろう」 「うぅ…… 合桜せんぱぁーい、アイデアくださいよぉー」  私は、スケッチブックを抱え込んで立ち上がる。紗奈は、泣すがる様に合桜先輩に近づいて行った。その光景に、教室から冷たい視線が紗奈に集まった。 「お邪魔したね。望結と紗奈借りてくね」  合桜先輩の微笑みに冷めきった教室に再び熱が籠る。本当に合桜先輩は、チャラい。  クーラーの効かない美術室。窓を開け、扇風機を回す。上下にスライドする黒板には、名前と作品の進行具合が書かれている。作業中の作品に気を付けながら座る。私の席は、窓側だ。窓から校庭が見える。暫くすると他の部員も既に集まって来た。  コホンと合桜先輩がわざとらしい咳払いをして話し始める。 「今日、皆に急遽集まって貰ったのは、俺と奏美(かなみ)が絵の相談に乗れる時間を多く取る事が出来るのが今日しか無かったからだ」 「私は、夏休みは課外や塾で忙しくなるからね。あまり美術室に来れなくなるのよね」 「俺の場合は、応援団長になったからだ。まぁ、学校には居るからちょくちょく覗きに来るけどな」  その言葉に1年生がほっと肩を落とした。まぁ、確かに合桜先輩の絵は凄い。躍動感や色使いなど見ているだけで学ぶ事が沢山ある。その上、教え方も的確で分かりやすい。もちろん、奏美先輩は理論的で色が表す効果から教えてくる。 「全くやる事が決まってない子は、私の所に来てね」 「描く絵が決まってる奴は、俺の所に来てくれ」  取り敢えず、スケッチブックを広げる。数ページ前に戻ると簡単に色分けされた絵が出て来た。これは、昨日文化祭用に考えながら描いた絵だ。私がどっちに行こうと迷っていると、スケッチブックに影が落ちる。 「望結の絵は、あれだな。物足りない」  パッと合桜先輩を見上げる。今の私は、どんな顔をしているのだろう。驚いてるのか、同感しているのか、はたまた怒っているのか。自分で言うのもあれだが、私は絵が上手いと思っていた。まだ、未熟な所もあるけれど人に見せても恥ずかしく無い絵だと自負している。  私は、ゆっくりと言葉を選びながら慎重に質問した。 「じゃあ、先輩は、ど……どこが物足りないと思うんですか?」 「うーん、そうだな。表情と色だな」 「私的には、そこを1番頑張ったんですけどね」 「だろうな。まだ、完成して無くても分かる。望結の絵は、丁寧だからな。考え中の絵にも表情には手を抜かずと色も軽く塗っている」 「ありがとうございます。なら、合桜先輩ならこの絵にどんな表情と色を付けますか?」 「そうだな。望結と同じ表情と色を付けるかな」  私は、返す言葉を無くした。いや、合桜先輩が何を言っているのか理解出来なかった。合桜先輩、自身が指摘した所を直すのではなく。私の絵とまるっきり同じ風にすると答えたからだ。
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