星継ぎの丘

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星継ぎの丘

 すうっと筋を引いて星が落ちる。  真っ黒な絹地の上に金色の線を描いて、幾筋も幾筋も。  世那(せな)はそれをずっと見ている。反らせすぎた頭は後ろ側に落ちそうなほどで、それを支える首は随分前から悲鳴を上げているけれど。けれども世那は空いっぱいに広がる美しい光景から目が離せないのだ。  なんてなんて。なんて、綺麗なんだろう。  昼間ならアイスブルーに輝く瞳を降る星の金色に染めて、世那は吐息を(こぼ)す。この美しいひとときを守る為なら何だって捧げられる。そう思う。 「結構落ちたなあ」  そんな世那の耳にのんびりした声が届いた。振り返ると背の高い男性が籠を抱えて歩いてきている。 「静流(しずる)」  世那は破顔して走り寄った。夜風が長く伸びた髪をそよがせる。空に引いた幾筋もの金色を束ねたような美しい髪だ。走り寄って手を伸ばすと静流は空いた方の手で軽々と世那を抱き上げた。 「拾いに行くの? 世那もお手伝いする」  静流は世那の唯一の肉親だ。まだうんと小さい頃に世那の両親は逝ってしまった。ひとりぼっちになった世那を、静流が引き取ってくれたのだ。世那は静流が大好きだ。  静流は世那と同じ金色の髪で、世那よりも濃いブルーの瞳をしている。静流の目は夜になると深い海のように暗い色になるけれど、世那に向けられるときには優しく緩むのだ。 「そうか手伝ってくれるのか。ありがとう、世那」  深い青に微笑みが満ちる。ぼさぼさの髪と疎らに伸びた無精髭はだらしないけれど、静流は熊みたいに大きくて世那を安心させてくれる。 「あっちの方にいっぱい落ちたよ」  静流に抱き抱えられたまま、世那は淡く光る一画に手を伸べた。この丘は降る星が辿り着く場所だ。金色の筋を引いて、たくさんの星たちが落ちてくる。湿った下草がクッションになって煌めく星を受け止める。次々落ちる星は、ちゃんと空に戻さないとそのうち一つも無くなってしまうだろう。    世那はわくわくした。  これから静流と一緒に、落ちた星を拾いに行くのだ。    ☆☆☆  星継ぎは大変な仕事だ。夜毎落ちる星を拾い集めて、元通り空に縫い留めるのだ。この村には星継ぎは静流しかいないから、毎晩空に(のぼ)って星を継ぐ。 「おっきくなったら世那も星継ぎになる!」  落ちた星を拾い集めながら世那が言うと、静流はとても困った顔をする。落ちたばかりの星はまだ熱いから厚手の革手袋を三重にして拾うのだけれど、それだって静流は心配で堪らないのだ。世那が火傷でもしやしないかと。 「だけどね世那。星継ぎは大変な仕事だよ」  知ってる。だからなり手がいないのだ。なり手がいないから静流は一日も休めない。  世那が星継ぎになったら、一日交代でお休み出来る。静流をゆっくり休ませてあげられる。  それに、星継ぎの仕事はとても素敵だ。ものすごく長い梯子を空に架けて上っていく静流は恰好いい。大きな背中が高く高く霞んでゆくのを眺めていると胸がドキドキする。いつか梯子を二つ並べて一緒に上っていけたらどんなにか素敵だろう。 「世那はこれからどんどん大きくなるから、きっとやりたいこともどんどん増えるよ。僕はね、世那。きみの世界がもっともっと広がることを願ってるよ」 「ふうん。分かった」  本当はちっとも分からないけれど、静流が喜びそうだから頷いておく。どんなに世界が広がったって、静流と並んで星を継ぐ以上に素敵なことなんてある訳ないのに。 「ねえ静流。お星さまって、どうやって継ぐの?」  世那が訊くと静流は暫く思案して。それから、ちょいちょいと手招きをして梯子を空に架けた。三段上ると、世那の背丈が静流とおんなじになる。なんだかドキドキした。  静流は空のカーテンを手繰り寄せて、錦蜘蛛の糸を縒り合わせた組紐で空に輪っかを作った。黒い絹地に艶やかな緋色が揺れる。そこに同じ錦蜘蛛の組紐を通した星を括りつける。星は世那の手のひらほどの大きさの雫型で、天辺に紐を通す孔が空いているのだ。 「やってごらん」  大きな針と組紐を渡されて、世那はおっかなびっくり星を継いだ。静流のに比べればうんと歪だけれど、ぶら下がった雫型の星はキラキラと揺れる。 「うわあ」  やがて闇に吸い込まれるように赤い組紐が滲んで星が瞬く。確かな質感を持った絹地は、静流が手を離すと真っ暗な空に馴染んで消えた。  なんてなんて、なんて素敵!  空のすごく低いところに星が瞬いている。二つ並んで、寄り添うように。  大きくなったら絶対に星継ぎになろう。  世那は、残りの星を継ぎに梯子を上ってゆく静流を輝く瞳で仰いだ。 「世那! 世那はいるか?」  幸せで満ち足りた日々のなか。  静流の留守中に訪れた怒鳴り声が、世那の毎日を大きく変えた。
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