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美しいもの
やれ困った、どうするか。
訪れた大人たちは世那を囲んで頭を抱えている。そんなことよりも世那はすぐに駆けてゆきたいのに、大人たちが何人も寄ってどうしてそれが分からないのだろうか。
静流が落ちた。
そう世那に告げた大人たちはそのまま今後のことを相談し始めた。世那はそわそわと大人たちに視線を向けるが誰も気づいてくれない。次第に苛立ちが募ってきた。これからのことなんてどうでもいい。今。今このときの静流の様子の方が世那にはずっと大事なのに。
「星を継げる者は静流一人だけだ。明日からどうやって落ちた星を戻せば……」
そんなのは自業自得だ。危なくて大変な仕事を全部、静流に押しつけて。自分たちは何にもしてこなかったのだから。世那は苛々と拳を握る。
「ねえ」
世那が声を掛けても誰も返事をしない。どの家から星継ぎを出すのか。そも、どうやって星を継げば好いのか。果ては落ちた静流を責め始める。そもそも静流がもっと気をつけてさえいれば……。
「ねえってば!」
世那は叫んでバン、と卓を打った。
許せない。大嫌い。何もかもを静流に押しつけておいて、その上全部静流の所為にしようだなんて。
「静流の代わりは私がやる。ちゃんと継ぎ方を知ってる。だからもう帰って。それ以上静流を責めたら許さない」
涙ながらに喚き散らす世那を見て、大人たちはあからさまにほっとしていた。面倒事を押しつけられる相手が見つかって安堵したのだろう。最初からそれを期待して態々世那の前で揉める振りをしていたのかもしれない。世那の気持ちも静流の苦労も、少しも分かっていないのだ。きっと、分りたいとも思わないのだろう。
そうやって世那は星継ぎになった。
夢に描いた未来とは違ってしまったけれど。
世那がやっと十五になった年のことだ。
☆☆☆
真っ黒な絹のカーテンを手繰り寄せて、艶やかな赤い組紐で輪を作る。まだ温かい星の雫を括りつけて、そっと手を離す。
そうすると、輪っかの先で揺れる雫が瞬くのだ。
世那は星の継ぎ方は教わっていたけれど、梯子に上ったことは無かった。ほんの三段上って星を括る練習を何度かしただけだった。
高いところから落ちたら危ないと、静流は決して許してくれなかったから。学校を出て本格的に星継ぎを学び始めたら。そう言って、いつも一人で梯子に上っていった。
だから初めて梯子を上ったとき、世那はとても怖かった。たった一人で。見守ってくれる静流もいない。村の誰も、星継ぎの丘までは登って来ない。
拾った星を襷掛けにした編み籠に入れて、慎重に慎重に上っていった。下を見ると竦みそうなので、上だけを見つめて。
空に架けた梯子は、何処を支えにしているのか分からないのにしっかりと固定されていた。あまり揺れることもなくて、実際に上ってみると思ったよりも怖くなかった。さわさわと流れる夜風が気持ち好くて。空いっぱいに瞬く星はとても綺麗で。悲しくなった。
世那は、静流と一緒にこの景色が見たかったのだ。だけどもう叶わない。滲む涙をぐっと堪えて世那は星を継いだ。
静流がとても大切にしていた仕事だ。
静流はたった一人で星継ぎをしていたけれど。危ないからと言って世那が星継ぎになることを渋ったけれど。きっとこの仕事を好きだったと思う。だっていつも生き生きと笑っていたから。
初めて一人で星を継いだあの日から何度も季節が巡った。今でも世那の他に星継ぎはいないけれど、最近は随分慣れて初めの頃よりずっと楽に作業が出来る。何より、世那はこの仕事が好きだった。静流が大切にした、世那が憧れ続けた、素敵な仕事だ。
星を継ぐ世那の目の端に金色の筋が映る。継いだ端からこぼれ落ちて、美しい軌跡を描く。幾筋も金色が流れてゆく。
なんて美しいんだろう。
子供の頃、落ちそうなほど頭を反らせて見上げた夜空も。今、梯子の上から見下ろす流れ星も。溜め息が出るほど美しい。その美しさを守る為なら何でも捧げられると、幼い世那は思ったのだ。静流のことが無ければ、きっと今でも思っていた。
何ものにも代え難い美しい星空よりも大切なものが、世那にはあった。当たり前に傍にあったから、世那はちっとも気づいていなかったけれど。
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