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背中が揺れた。シロが何度目かの思い出し笑いをしている。その度に気恥しい気持ちになって身じろぎする羽目になる。いい加減にしてほしい。
「そんなにおかしかったですか」
「……いや、すまない。でもな……ククク」
カラチャが用意した馬が一頭だけだったので、戸惑ってしまったのだ。
「何言ってるのよ。あんた、青の民んとこまで移動できればいいんでしょ? 以降はシロだけが使うんだから一頭いれば十分でしょうが」
相乗りせよ、ということだ。
馬上で、密着して。
照れまくって、赤くなったり青くなったりしている自分を見て、シロは腹を抱えて笑っていた。あの時のことを思い出すだけで、こっちは変な汗が出る。
「それにしても、昨夜は運がよかったな。……たまたま旅装の追加を買い出しに行った帰りだった」
隠密裏に街はずれまで来て境の木戸をくぐってからは、町の家並が見えなくなるまで早駆けに駆けぬけた。今周囲に見えるのは、背の低い木がパラパラと生える草原と、遠く山並みに消える一本道。家屋ひとつ無く人影もない。ようやっと、話ができるだけの余裕ができた。
「これから、どこへ?」
「んー。まず、霧の谷へ行く。カラチャの村に頼まれものをした。そこをとおって青の民の港へ抜ける。大陸と取引のある知り合いがいるからな。そいつにお前を託すとしよう」
「霧の谷? カラチャはあの町の人ではないの?」
「まぁ……町の生活の方が長いけどな。谷に身内がいて、時々帰ったりもしているらしい。おかげで、こういう時都合がいい。……あれからお前の贋鑑札を作った。カラチャが谷からくすねてきた空鑑札に細工した精巧なやつだ。この先、一つだけ関所があるからな」
シロは腰のあたりを探って、手のひらにおさまる大きさの金属の札を取り出した。
「お前のだ。もっておけ」
恐る恐る手に取る。金属のふちに細かいツタ模様が刻まれ、中央に出自と名前が彫り込んである。使い込んだ風に細かな傷や腐食までほどこされ、昨晩突貫で細工したものとは俄かに信じがたい出来だ。
「……コガレ?」
「おまえの仮の名前だ。春の作付けの手伝いにカラチャが出向けない代わりに、おまえをよこした、という筋書きだ」
すごい。何から何まで備えは万全だ。札の表面を親指で拭い、自分の仮の名前をもう一度つぶやく。……名前……、か。首から下げた小袋に鑑札を押し込んだ。
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