紅雨

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 雨が降っていた。  薄暗く細い路地はテント張りの屋台の灯りがにじみ、酔客や買い物客でごったがえしている。宵の口なのか夜半なのかもわからない。酒場からもれ聞こえてくる嬌声。酔っぱらいの怒鳴り声。店の呼び込み。人混みをかきわけ、縫うように走る。のどが焼け付くように熱い。頭が心臓になったみたいにガンガンする。視界がかすむのは、雨のせいか汗のせいか……。  時々振り返っては耳を澄ます。大丈夫。まだ追手は来ないようだ。でも、コトがばれるのは時間の問題。それまでに出来るだけ距離をかせがなくては。押しのけたガタイのいい親爺に悪態をつかれたが、かまっている暇はない。とにかく遠くへ行かなくてはダメだ。もっと、もっと遠くに。  人混みを抜けて路地のはずれにたどり着いたところで、とうとう足が止まった。息が苦しい。どのくらい走ったのだろう。わからない。荒い息を吐きながら、かがみこんだ。泥まみれの足が裸足だったことに初めて気づく。そして、血まみれの手……。  慌ててあたりを見回す。小路の角の壊れた雨どいに目が留まった。見当違いの方向にあふれている雨水に手を差し出す。必死に手をこすり合わせたが、べったりと絡みついた血はなかなか落ちない。下唇をかんだ。しゃがみこんで水たまりに手を突っ込み、石畳に手のひらをこすりつけた。  今度は落ちたか?  きれいになったか?  何度も手のひらを確認しては、また手をこすりつける。覚えず嗚咽が漏れていた。この赤い烙印(らくいん)は永遠に落ちないんじゃないかと怖かった。  
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