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港が小さくなると、セイランが甲板に出てきた。
「外洋に出たら、ちいっと揺れるからな。ヤバいと思ったら床に這いつくばっとけ。そのうち慣れる」
「……はい」
「ゲロ吐きたくなったら、船尾から首出せ。落っこちないように気をつけろよ」
なんだろ、この人。シロとおんなじタイプのような気がする。
「……それにしてもよ、玄の人は年食わねっつけど、ホントだったんだな」
「え?」
「あの黒装束もよ、光の少ない玄からこっちに出てくるとつらいからってグルグル巻きにしてるらしいけどよ、見たか? 頭巾の下……」
「……」
「噂によると、毛もじゃだとか……」
たしかに毛は、生えてた。
「耳がでけぇとか……」
いや、そうでもなかった。
「牙がこーんなで!」
いや、それは違う。
「目がギンギラしてんだそうだ」
えー、ちょっとその表現はどうよ……。
「前乗せたとき、でっかいクジラに絡まれそうになってな。こんな奴に体当たりされたら船が木っ端みじんになっちまうってヤバい状況で、シロが助けてくれたんだ」
「へぇ……」
「なんかよくわかんねっけど、シロがクジラに向かってなんかしたら、クジラがおとなしく離れていったんだ。……ありゃ驚いたね」
……森の中でもそういうのしてくれれば、あんなに寿命の縮まる思いをしなくて済んだのに。
「あんの当時、オレはまだ下っ端だったからさー。大マジ初めての死の洗礼ってやつでよ。胆冷えたねー」
「セイランさんて、今、船長さん?」
「おう!」
「シロと船に乗ったのって……」
「んー、かれこれ10年くらい前かな?」
10年? シロは最近朱の国に来たと言っていた。10年が、最近? どういうこと……?
「黄の国の港には、明後日の早朝に着く予定だ。船の他の連中には、お客人のこと話してあっから、話し相手くらいにはなってくれるぞ。操縦室を覗きに行ってもいい。オレはこれから荷物の細かい仕分け作業にはいるから、相手ができない。すまんな」
セイランはまた大股にドスドスしながら去っていった。
視線を海原にもどす。水平線は空と溶けて、どこまでも青い。
10年前……。火の山は噴火後、溶岩が固まってようやく死の風が収まったころ。シロは朱の国に来た。
10年前……村長の家の地図……そうだ! あの時、村長の家に客人が来て、畑の作物を届けるように言いつけられた。籠を抱えて村長の家に入ったら、机の上に地図をひろげていて……。
ここが朱の国。
島の国。これが火の山。
そして、ここが村。
厄災に合ったのは、この範囲で……。
村長が客人に話していた。
島の周りは大海原。青の民の領域。
そしてここが大陸。
黄の国、緑の国、
そして、玄の国。
黒い指が指していた。
黒い指……。
「あ……」
10年前、シロは村に来ていた。私と会っていた。
10年前、シロは確かに、夢見草が燃え尽きてしまった場所を見たのだ。そして、絶望して諦めて朱の国の他の地に手掛かりを求めた。何年も……。やがて夢見草がよみがえるとも知らずに。大陸の他の国の夢見草と同じように、火の山の夢見草は潰えてしまったのだと思ったのだ。
火の山は何度も噴火を繰り返す。そのたびに、夢見草は燃え尽き、よみがえりを繰り返してきた。神の領域という不可侵の土地がそれを許したのだろう。あの時、シロはすべてを悟り、この数年のことを思い、放心したのだ。
気が付くと涙が流れていた。
誰のために?
多分、シロのために……。
長らく故郷を離れ、旅の空に身をやつしたシロのために。
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