紅雨

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 ようやっと息が整ったころ、これからどうしようかとぼんやりと考えた。ここに来て以降、あまり外に出してはもらえなかったからこの町の規模はわからない。今いるこの場所が町のどの辺なのかも。  ゆっくりと立ち上がる。雨は依然として降り続いていた。金貨の一枚でもくすねてくればよかった。ため息をつき、来た方向を振り返った。喧騒がだいぶ遠くなっている。まだ、追手は来ない? もっと離れるべきか? ……ところで、この場所は、町中でありながら闇に溶けたこの場所は、一体なんだろう……。  静かだった。闇に目を凝らすと、遠くにぼんやりといくつかの灯りが見えた。温かい灯を目にしたら、急に寒気が襲ってきた。せめて濡れて冷え切った体を温めたい。でも、そこは安全なのだろうか。灯りの在る場所へ向かうべきかどうかためらっていると、ふいに背後に何かの気配を感じて文字通り飛び上がった。 「こんなところで、なにをしている」  低い声に動転しすぎて足がもつれ、無様に水たまりへ尻もちをついた。「へっ」でも「ひっ」でもない、声にならない声がのどから漏れる。もがくように這いつくばりながら見上げると、真っ黒なコートを羽織った人が佇んでいた。 「びっくりさせて悪かったな。ほら……」  コートの中からこれまた真黒な手袋をした腕が伸びた。目深にしたフードで顔が見えない。この手をつかんでよいものかどうか逡巡していたら、いつのまにか抱きかかえるように持ち上げられていた。硬くひやりとした革の感触があった。気が抜けたのか、間抜けなことに盛大に腹が鳴った。 「詫びだ。なにかご馳走しよう」  黒い人は、あのぼんやりとした灯りに向かって歩き出した。
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