光冠

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 (げん)の国へは、コガネという中堅職人が同行した。細工物の(おろし)にはその細工の扱いを知っている職人の知識が必要なので、国の外に出す商品は必ず職人が(おろし)に行くのだそうだ。三人の幼い娘を持つお父さんで、道中延々と娘の可愛さと愛妻への惚気を聞かされたが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。  自分が孤児であることを知っても、各段扱いが変わることもなく、年下の職人に対するのと同じような気遣いをしてくれた。時に、商材の細工物の説明をしてくれたり、加工前の原石を見せて、これをどういじるとよくなるのか教えてくれたりもした。要所要所の関所は、シロが持たせてくれた鑑札で難なく通り抜け、旅程は順調だった。  二週間も過ぎたころ、ようやっと(おう)の国を出て、(げん)の国の領地に入った。針のような、櫛のような、不思議な葉を持つまっすぐの木が立ち並ぶ林を荷馬車が走る。時折、鋭い鳴き声がして鳥が羽ばたいていく。 「まだ、冬の名残があるねぇ……。寒くはないかい」 「大丈夫です」 「夕暮れまでには王宮に着くと思うのだが……」  空を振り仰ぐと、薄靄のかかったような曇天だった。薄布を透かしたような柔らかな光があたりを覆って、影すらもぼんやりしている。 「わたしがまだまだ未熟者の頃になぁ……、兄弟子にくっついて一度だけシロと旅をしたことがあるんだ。玄の民は古い種族でな、大陸に住むわたしら黄や緑の者とは生きている時間が違う。寿命も10倍は長生きだ。神代の時代から続いているのだという。おだやかな人々で争いを好まない。不思議な力を持ちながら、それを顕示することを嫌う。たまに、シロのようなものが国の外に出ることはあっても、目立つことはしないから(げん)の国も民のことも、公には謎のままだ。ただ、ただ畏れられている」  シロが特異な容姿を黒装束ですっぽり押し隠しているのは、日差しの違いだけではないのかもしれない。あれでは目立ちすぎる。 「古い、神代の時代からの種族であるせいか、一緒に旅をしていると獣が表敬訪問してきてな。人里離れた寂しい旅程でも、それは楽しかったものだ」 「獣が?」 「ああ、クマやらリスらやキツネやら……。中には獲物を手土産に来た奴もいた」  霧の谷の森の一件って、まさか、獣の表敬訪問? コグマがじゃれてきたのも、イノシシの大群に囲まれたのも……。ああ、だからシロは「楽しかったな」って……。(あけ)の国に渡った時のクジラも、もしかするとシロに挨拶に来ただけだったのかもしれないんだ……。なんだかすごい人に拾われたんだ……私。  なだらかな丘を登りきると、とがった木の林の奥に、青い屋根を頂いたいくつもの尖塔が見えた。 「ようやっと王宮が見えてきたな」  あそこが、終点。玄の都、なんだ。
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