紅雨

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「さ、こっちへ」  カラチャが天幕をひく。シロに手を引かれて天幕の後ろに押し込まれる。 「壁沿いに梯子がある。登っていけばさっきの部屋に出るから、風呂場にでも隠れておけ」 「……え? あ……」 「いいから、早く」  暗がりで壁をたどっていくと、確かに梯子があった。バタバタと足音が聞こえ、心拍が一気に跳ね上がる。慌てて梯子を駆け上がると天井に羽根戸があり、押し開けると先ほどの部屋の隅に出た。四つ這いで風呂の天幕までたどり着き、勢いよく転がり込む。 「そこにいるな」  天幕の向こうからシロの声がした。いつの間にか後を追って上がってきたらしい。返事の代わりに天幕の端を揺らす。階下から、荒々しい怒鳴り声がした。カラチャと何か言い争っている。やがて複数人がドタドタと階段を駆け上がってくる音がした。部屋の扉を端から開けているようだ。今まで他の利用客のことなど考えてもいなかったが、扉が開け放たれる音がするたび、怒号と嬌声が上がり、物を投げる音、ドタバタ暴れる音が近づいてくる。  そしてついに、この部屋のドアが開け放たれた。   「……お前ひとりか?」    息をのんだ。聞いたことのある声だった。 「なんだ、うるさいな。長旅で疲れているんだ。ほっておいてくれ」 「女が来なかったか?」 「……は? 知らんな」 「部屋を探させてもらうぞ」 「……でていけ」 「なっ!」 「早くでていけ、と言っている。今なんどきだと思っているんだ? 人が疲れて寝てるところに騒々しく入ってきやがって腹の立つ……」 「……このっ!」 「丁寧にお願いしているうちに身を引くのが身のためだぞ」 「何を!」  ガチャガチャと金属の触れ合う音がした。どうしよう。思わず手を握りしめる。その時、鋭い衣擦れの音がした。天幕越しに、用心棒たちの動揺の気配がする。   「わ、わかった。すまなかった。ここは引き上げる」  扉がしめられた。一塊の喧騒が階段をおりていき、階下へ、そして石畳を駆ける音が遠ざかったところで、そっと天幕をひいた。シロはこちらに背を向けて頭巾をなおしているところだった。
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