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三
三ヶ月ぶりに下町の裏通りのバーを訪れた。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは……」
マスターに促され、いつものカウンター席に座る。
「何になさいますか?」
「いつもので……」
「かしこまりました」
マスターは流れるような手つきであっという間にジントニックを作り上げる。ドライ・ジンとトニックウォーター、そしてライムを化学実験みたいに混ぜ合わせていく様子を、私はカウンターに両肘を乗せてもたれ掛かりながら見ていた。
こちらにグラスを差し出したマスターが、小さく笑みを零す。
「なんですか?」
「いえ、すみません。あからさまに何かあった顔をしてるから、どうしたのかと思って」
「そんなにわかりやすかったですか?」
「はい」
私はグラスに口を付け、ジントニックを一口飲んだ。爽やかな香りとともにアルコールが体内に流れ込み、少しだけ気が晴れる。
今日は再失恋のやけ酒に来たのだ。
でもそう伝えることは憚られた。三ヶ月の努力が完全に無駄だったことが、あまりに情けなさ過ぎて。
地獄行きの判決のような彼の返信を思い出してハァっとため息をつくと、マスターが言った。
「新しい恋でもされてるんですか?」
「え?」
現実とは真逆の一言を怪訝に思って、視線を上げる。
そんな私に、マスターは優しい笑みを見せる。
「少し見ない間に、ずいぶん綺麗になったから」
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