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――その瞬間、自分の顔が僅かに貌を変えていった。
仕事放棄してた瞼が役目を思い出し、瞳の領域が広がる。
下唇を押し上げていた顎の筋肉は緩み、唇の形を美しく整える。
皮膚は張りを取り戻し、不機嫌な頬を引き上げる。
知っている。この顔の感覚を。
よそ行きの顔――ううん、恋愛対象を目の前にした時の、自分を一番可愛く見せるための勝負フェイスだ。
途端にマスターが魅力的に映る。
「き、キレイになりました? 私……」
「はい、見違えるくらい」
頬がやたらと熱を持つ。
と同時に、これまで頑張ってきたことが報われた気がして、急に涙が込み上げてきた。
「努力されたんですね」
マスターの言葉に、こくこくと頷きながら、滲んだ涙を指で拭う。
「それじゃあ、美容にいいカクテルお出ししましょうか」
「そんなのあるんですか?」
「ハハ、多分ですけど。キウイのカクテルです」
そう言ってどこからともなく取り出したキウイを、マスターはナイフで手際よく剥いていく。それをすりおろしてシェイカーに入れて……手つきに見とれているうちに、たちまち目の前にフレッシュなキウイのカクテルが差し出された。
「お肌のために、アルコールは控えめです」
キラキラと眩く光を反射するグラスは、私の新しい恋心を祝福しているかのよう。
元カレのことなんて、もうどうでも良くなった。
女なんて単純。でも単純だからこそ、めげずに先に進めるんだ。
甘酸っぱい黄緑色のカクテルを味わいながら、他のお客さんのカクテルをひとつ、またひとつと生み出していくマスターの姿を特等席で見つめる。ただそれだけで、ハッピーな気持ちが私の心を明るく彩っていく。
このときめきを糧に、今夜からまたがんばるぞー!
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