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 そして午後七時を回った頃。  俺は消毒済みであるはずのハサミで、彼女の包帯を切った。手術は成功していた。彼女の第一声は、 「わあ、大きくなったねえ」だった。 「そりゃ、なるだろ。おまえも、その、大人っぽくなったよ」 「あら、どのへんかしら。ねえ、どのへんが大人っぽい?」 「いや、その……」 「……や、やめよっか、この話」   俺たちには、お互いがいた。それは、ただそれだけで十分なことのように思えた。彼女の虹彩は夕焼けの色を映したように赤かったけれど、きっと俺の目も同じ状態なのだろうけれど、それは今は、重要なことではないと思えた。  彼女の頬をそっと撫ぜた。彼女は静かに目を閉じた。唇を重ねたのは自然な流れだったが、血が熱くなるようなひと時がすぎたあとで、彼女は 「ヤラシィ」  と言って背中をむけてしまった。 「さて、これからだ」  俺も彼女をまともに見られないまま、手近な椅子に腰をおろした。 「旗を立てようと思う」 「ハタ?」  俺は言った。それが、すべての始まりになった。 「旗揚げってやつだ。ここに俺たち、子供だけがいることを示す旗をつくって、屋上に立てるんだ。薄情だが、こっちから孤立してる子供を助けにいくことはしない。そんな余裕はない。でも、その旗を見て意味を理解して、自力で学校までやってくるだけの、知恵と力と勇気を持ってる奴なら、強い味方になる。ここの農場を維持するには人数が必要だ。何人必要か、何人集まるかわからない。でも、ここを城として、俺たちの国をつくろう。日本はきっと、もう終わった。でも俺たちはこれからも、生きていくんだから」  数年後、俺たちもやがて十八歳になる。そのとき俺たちは、年下の子供たちに命を奪われることになるだろう。甘んじて身をゆだねよう。だが、それまでに子供を産み、後から来る者たちに託すことはできる。そうして社会を受け継いでいくことは、きっと夢物語ではない。 「うん、そうだね」  窓の外に顔を向けたまま彼女は言い、そしてふりかえった。何故か少し寂しげな、でも、しっかりとした意思をかんじさせる瞳だった。  彼女の背後には、燃えるような夕焼けがあった。しだいに暗く染まっていく赤だった。やがて月が昇るだろう。血で描いたような赤い新月。新しい遺伝子を持つ者だけに見えるそれを、旗印にしよう。  俺は、そう思ったのだった。 了
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