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プロローグ
もうすぐ午後七時だった。
俺と彼女以外誰もいない校舎は、燃えるような西陽に染められていた。
俺が教室に戻ると、彼女は車椅子から立ち上がって、まるで何かが見えるかのように、窓に顔を寄せていた。見えていなくても、音は聞こえるのだろう。車がぶつかる音、救急車や消防車のサイレン、なんだかわからない爆発音、炎が燃え広がって、人々の生活空間を呑み込んでいく音。
火災から立ち上る幾筋もの黒煙が渦を巻いて夕焼けの赤に入り混じって、空は地獄を描いたようだ。いや、ようだ、ではなく、本当にその下は地獄なのだ。
俺が扉を開ける音に振り返って、彼女はおかえりと言った。サンダル、病院のパジャマ、薄いニットを羽織って、髪は二つに振り分けて肩のあたりでそれぞれ結んでいる。そして、両目を覆う包帯。
「ぜんぶ終わった」
俺は言った。校門を閉ざし、生徒用、教職員用、二つの出入り口に施錠し、すぐ内側に机を何段にも積み重ねた。教室、職員室、あらゆる部屋を回って、生きて動いているものが誰もいないことを確認した。
「焼きそばパン、メロンパン、コロッケパン、ほかにもあるけど、どれがいい」
購買部からとってきた食料をデイパックからとり出しながら、俺は言った。
「じゃあ、メロンパン」
俺は個包装を破いて中身をとりだし、彼女の手に持たせた。
「ありがとう、美味しい」
燃え落ちようとする世界の中で、彼女の笑顔だけがいつもどおりだった。
「ねえ、ハサミは見つかった?」
ちょきちょき、と人差し指と中指をつけたり離したりしながら、彼女が言った。
「保健室にあった。未使用だと思うけど、いちおう消毒してきた。でも、いいのか、俺なんかがやって」
そう言うと彼女は笑って
「もう、私と君しかいないんだよ」
と言った。
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