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「あれ、まだこんな時間なんだ」
図書館が見えなくなった頃、彼が時計を見ながら呟いた。
つられて私も確認すると、学校を出てから20分ほどしか経っていなかった。
少なくとも一時間以上はあの図書館にいた気がしてた私は、彼以上に驚いた。
けれど、館長さんのセリフがふわりと浮かんできたのだ。
『―――例えばこの雨だって、後から振り返ったらほんの一瞬の夕立かもしれない』
本当にその通りだったわけだ。
思わず笑がこぼれそうになったが、彼が「あのさ…」と話しかけてきたので、「何?」と彼を見上げた。
「俺、今日話せてよかったよ。なんかこれのせいで俺達噂になってるんだろ?」
彼は手首を軽く振ってみせた。
意図せずしてお揃いの、腕時計。
噂について彼と話した事はなかったけれど、彼も知ってたんだ。
「ごめんな。そのせいだよな、最近学校で話せてないの」
今日彼と久々に話せて、やっぱり気が合うなと感じた。
でも、それはあの図書館にいる間だけの、特別な時間だと思っていた。
「しばらくは仕方ないよ」
彼と疎遠になったと分かったら、噂も、彼女達の嫌がらせも鎮まるだろうから。それまでは…
けれど彼は、意外な提案をしてきた。
「だったらさ、学校の外で話さないか?」
「え?」
「だって雨宿りに駆け込んだ先が一緒なんて、映画みたいな偶然だろ?二人で話せて楽しかったし、また話せなくなるの、勿体ない気がするんだ」
映画みたいな偶然……確かに、それは間違いない。
少し考えた私は、同意の笑顔を彼に向けた。
「じゃあまた図書館で?」
「それもいいけど、今からは?さっき言ってた映画の原作本、家にあるから、貸すよ」
「そうなの?じゃあお邪魔していい?」
「やった」
彼は嬉しそうに青空を見上げた。
「あー、今日は本当、塞翁が馬だな」
聞き覚えのある言葉に、私は笑った。
「それ、館長さんも言ってたよ」
「本当?あの人、良い人だよな」
「うん。あ、そういえば、館長さん犬を飼ってるんだよ」
いつの間にか別の部屋に行ってしまったようで、彼は会えなかったけど。
すると彼は犬の話題に好反応を示した。
「へえ。じゃあ館長さんとも気が合いそう。うちも飼ってるんだ」
「そうなの?どんな犬?」
「雑種だよ。でも黒くて男前」
「すごい偶然。館長さんの犬も黒い犬だったよ。名前は?」
「レイっていうんだけど、生まれた時から名前決まってて、自分で付けられなかったんだ」
「どうして?」
「お祖父さんが可愛がってた犬が産んだ子犬だったから、産まれる前から決まってたみたい。三匹産まれたんだけど、母犬の名前にちなんでシュウ、レイ、ディーって付けられてた」
「ふうん。お祖父さんの犬の名前はなんていうの?」
「シュレーディンガー」
「え……?」
「だからシュレーディンガー。ほら、前に話したの覚えてない?シュレーディンガーの猫。それから取ったんだって」
「シュレーディンガー…」
私は、雨あがりの公園を振り返った。
けれどもう、時の図書館は遠くなってて姿は見えない。
―――ただの偶然だろうか。
でも、再びあの人に会う事が叶わなければ、
それはもしかしたら……そんな気がした、雨あがりだった。
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