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「さ、火にあたってください。雨で冷えたでしょう?」
親切に言ってくれる館長さんに、私はお礼よりも先に部屋の感想を述べた。
「映画みたいな素敵なお部屋ですね」
けれどその時、長椅子の向こうから何かがこちらに向かってくる気配がした。
私は瞬時に身構える。
けれどそれが黒い犬だと気付いた直後、館長さんの厳しい声が響いた。
「シュレーディンガー!シット!」
柴犬っぽい黒い犬はピタッと止まると、言われた通りその場でお座りをした。
「…シュレーディンガー?」
「こいつの名前です。私の相棒が失礼いたしました」
頭を下げた館長さんは、大人しくお座りをしている犬を撫でた。
「でもシュレーディンガーって、猫じゃないんですか?」
私が問うと、「おや、ご存じでしたか」と目を細めた館長さん。
「…前に同級生が話してたので」
シュレーディンガーの猫、という理論だか思考があるらしい。
難しくて、私は聞いても理解できなかったけど。
「今時の高校生は難しい会話をなさるんですね」
館長さんは感心したように言いながら、私を暖炉前の椅子に促した。
すると「館長、どうしたの?」と女性が声をかけてきた。
長椅子で本を読んでいた女性だ。
20代半ばくらいの綺麗な人だった。
「傘をお持ちでなかったんです」
「まあ大変。じゃあこれ使って?」
女性は鞄からタオルを出して私の頭にかけてくれた。
視界がタオルで隠されると、驚いた私は、ビクッとして、その反動でまた寒気が背中を通っていった。
相当体が冷えてるようだ。
「ありがとうございます…」
お礼を伝えようと顔を上げたものの、女性はもうスタスタと長椅子に戻っていた。
「あ…」
私がタオルを握ったまま困惑してると
「彼女は常連なので、後で私からお返ししますよ。今は読書の邪魔になってしまいますから」
館長さんがそう申し出てくれたので、遠慮なくタオルを預けた。
「お手数おかけします」
タオルを受け取った館長さんは、ふいに不思議そうな顔をした。
「あなたはとてもしっかりしてらっしゃるとお見受けしますが、今日は傘をお持ちでないのですか?」
もっともな質問だ。
今日の降水確率で傘を持ってない方がおかしいだろう。
私はつい腕時計を恨めしく見ていた。
「どうかされましたか?」
誰にも話してないけど、誰かに聞いてもらえば、何かが変わるのかな。
館長さんの手にあるタオルを見ながら、ぼんやりと思った。
雨もやまないし、時間潰しくらいにはなるだろうか。
そんな思いも交わり、私は腕時計のせいで起こってる出来事を館長さんに打ち明けたのだった。
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