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通帳の謎
しばらく後。頭が冷静になった頃合いで、俺は話に戻すことにする。
「……で、この金額は……銀行強盗でもしたのか?」
そう。通帳に書かれている額がデカすぎるのだ。何をしたらこんなに稼げるんだ?
頭を捻っていると、ケイティが少し顔を赤くしながら理由を教えてくれた。
「半分は、元ご主人様の生まれ変わりであるご主人様のお金ですが、もう半分は……その……お恥ずかしいのですが……昔、本を書きまして。ほぼノンフィクションのお話だったのですが……飛ぶように売れて……それで……そのような額に……」
……確かに、通帳を見ると王立出版社というところから今も毎月かなりの金額が振り込まれている。
ケイティは一体何を書いたんだ? ここまでの額が振り込まれるって相当ヒットしたんだろう。もしかしたら、俺も知っているかもしれない。
気になったので、少しこの話題を深堀りすることにする。
「ちなみに、どんな本を書いたんだ? 今、手元にそれってあるのか?」
「……え、えっと……あります。…………これなのですが……ほ、本当に見るのですか? その……ご主人様本人に見られるのはかなり恥ずかしいといいますか……そもそもご主人様に無断で書いてしまっているものなので……お、怒りませんか? 許してくれますか?」
ケイティが異次元収納空間から取り出した本をギュッと抱える。
……彼女は何を言っているんだ? 俺に無断で書いた? 怒らないか? 意味が分からないんだが。まあ、どうせ大したことはないだろう。
「ああ、怒らない怒らない。だから、その本を俺に見せてくれよ」
「本当ですよね!? 嘘じゃないですよね!? 怒ったりしたら私、嫌ですからね!?」
かなりの保険を掛けながらも……ケイティは本を俺に渡してくれた。
かなり分厚いな。というか……重っ! それと本の見た目がかなり豪華で、なんというか『金がかかってる!』みたいな感じがする。
で、本の名前は『天才魔術師と奴隷少女の物語』と。なるほどね。
目次を見てみると『第一章 奴隷として売られていたエルフの少女』、『第二章 天才魔術師』、『第三章 お家へ』、『第四章 お出かけ』、『第五章 いたずら』『第六章……』、いや、長い長い。というか何章まであるんだよこの本。
ペラペラ適当にめくっていくと、第八十章まであった。
予想外の多さに若干引きながらも、飛ばし気味で最初らへんの文章を読む。
しかし、数ページペラペラとめくったところであることに気がついた。
「……なんか既視感がある物語だな。学校で見聞きしたことがあるような……」
俺が怒らないかドキドキしているような顔をしているケイティを置いて、そこら辺にぽいっとしていた学校のカバンから……今日の授業で配られたプリントを取り出す。
「……ん? 既視感があるどころか全く同じ文章じゃねえか。というか、このプリントのタイトルも『天才魔術師と奴隷少女』だぞ? え? 何? どういうこと?」
頭が混乱する俺にケイティが恐る恐る声をかけてくる。
「その……どうやら私の書いた物語が学校で教材として使われているらしい……ですね。あと、その物語に出てくるエルフの奴隷少女が私で、天才魔術師が……生まれ変わる前のご主人様です」
「……なるほど」
昔の俺と彼女の日常を書き起こして、本で出したということか。ほうほう。
「まあ……お前はお前なりに考えたんだろうし……特に俺から言うことはない。大抵の人から感動物語として認知されているらしいし、物語の中で実名は出していないから特定されることもないだろうしな。というか、ケイティって結構文才があるんだな。驚いたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
俺からの予想外の称賛に戸惑っている様子だったが、彼女は嬉しそうだった。
で、気になることも聞けたので、彼女に本を返して……俺は手元に残った通帳をどうしようかと考える。
正直言って、このお金は欲しい。めちゃくちゃ欲しい。というか、半分は生まれ変わる前の俺のものだったらしいから、貰えるんだろうが……
「なあ、ケイティ。やっぱりこの通帳はお前が持っておいてくれないか?」
「え……?」
予想外の返事だったのか、ケイティは間抜けな顔を晒す。
……そういう顔もいいな。
思考がおかしな方向に行きそうだったので、コホン、と咳払いを一つして……彼女にその考えに至った理由を説明する。
「ケイティにこれを持っていて欲しい理由としてまず一つ目。こんな大金が書かれている通帳を持ち歩きたくない。さっきも言ったが俺は異次元収納空間を持っていないんだ。で、そんな俺がこれを持つとなると……いつもカバンに入れておくか、この家に保管することになる。お金をおろすにはこの通帳と、それに加えて銀行のカードも必要になるとは言え、セキュリティーの観点から見て危険すぎる。で、二つ目。いくら前世の俺のお金が入っているとはいえ、この通帳の名義人はケイティ、お前だ。俺が持っていていいものではないと個人的に思う。で、3つ目。俺は今まで貧乏暮らしをしてきた。つまりは、いきなりこんな大金を渡されても使い方が分からん。それにいくら子孫の代まで遊んで暮らせる金があるとは言え、俺が変なことをして全額消し飛ばすとも限らない。以上! だからケイティ、これはお前が持っておいてくれ」
彼女に通帳を返す。
世の中の男性は妻に財布を握られていることが多いと聞く。まあ、それがいいかはさておき、俺の場合はケイティにお金を管理してもらうのが良いと思うのだ。あんな大金が目の前にあったら、調子に乗って訳の分からんものまで買って色々面倒事を起こしそうだし。
しかし、ケイティはここまで俺が言ったのにも関わらずまだ俺に持っていてほしいらしい。
「ご主人様の仰るとおりではありますが……通帳を私が持っている状況というのが、ご主人様を支配しているような気がして……申し訳ない気持ちになってしまいます……」
「いや、どういう解釈をしたらそういう考えに至るのか全くわからないんだが……。分かった。じゃあ、こういう考えはどうだ? 俺はケイティの『ご主人様』で、ケイティは俺の『奴隷』というわけだ。で、俺のお金が半分含まれているとはいえ、もう半分はお前のお金だろ? それを使って、『ご主人様』である俺に貢いでいると解釈する。どうだ? テレビでたまに見る『ホストに貢ぐ女』みたいな。それなら俺を支配しているという考えではなくなるだろ?」
「…………なるほど。ご主人様の奴隷である私がお金や体などを捧げる……。良い考えですね!」
「……え? 体……? いや、まあそれは聞かなかったことにしておいて、ケイティもいい考えだと思うか。そうかそうか。じゃあ、これからは俺を喜ばせるために美味しい食材を買ったり、最新の家電とかゲーム機とかを買ったり、はたまた大きな家を買うとか。そういうことをしてじゃんじゃん貢いでくれ」
クズ? おいおい、そんな言い方はないだろう。俺が豊かになるということは、一緒に暮らすことになるのであろうケイティも豊かになるということだ。お互いメリットしか無い。
ほら、ケイティも『分かりました! 美味しい食材を買って愛情たっぷりの料理を振る舞ったり、色々買ったり、誰もが羨む大豪邸を購入して二人の愛の巣を営んで色々したりしますね! ……えへ、えへへへ……夢が広がりますぅ!』と言ってきて満更でもなさそうじゃん。いや、『二人の愛の巣を営んで色々する』って一何をする気なんだ? 高校生相手にしていい範疇を超えていないだろうな?
ケイティのやる気に若干の怖さを感じた俺だったが……まあ、生活が豊かになるならいいか。
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