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ケイティと三千年ぶりの再会 その1
「エルフの女性はそうして世界を旅しました。天才魔術師の生まれ変わりを探して探して、でも見つかりませんでした。そして、旅を始めてから二千年経った今も、この世界のどこかで天才魔術師の生まれ変わりを探し続けている、という話だ。いやー、先生はこの物語を初めて読んだ時は涙が止まらなくてね……ちょっと失礼。また涙が……」
そう言って、教壇に立っているキャメロン先生はハンカチを取り出して涙を拭く。
……なるほどねぇ……よく出来た物語だ。フィクションであればドラマ化されるんじゃないのか? まあ、注意書きで『ほぼノンフィクションです』と書かれているから怪しさ満点の物語になっているけど。
『胡散臭いな』と小声でつぶやきながら物語の挿絵に落書きをする。
俺の名前は、アイゼア。ギーギル王国にある第五魔術高等学院に通う高校二年生だ。
ありとあらゆるものに魔術が使われているこの世界では、誰もがどこかしらの魔術学院に通い、魔術の勉強をする。
ちなみに、この第五魔術高等学院は、ギーギル王国に五つある魔術学院の中でも……最下位の偏差値を誇る学校だ。まあ、おバカさんが来るようなところと言っていいだろう。
で、そんなところに通っている俺だったが、成績は中の上。……もとい、中の下……いや、下の下だ。おそらく下から数えたほうが早いだろう。
まあつまりは、俺は誰もが認める出来損ないというわけである。
で、そんな俺は、先生の話を一切聞かずに、さっきから物語の文章の途中に出てきた天才魔術師のイメージ絵に落書きをしているわけだ。
「……というか何が『天才魔術師』だよ。魔王と相打ちして死んでるとか天才失格でしょ。それにこのエルフも頭おかしいんじゃないのか? ったく、イチャイチャしやがって、なんかムカつくな……!」
「……ン゛ン゛! アイゼア君。もう一度、言ってもらえるかな?」
「だから、天才魔術師なのに魔王ごときに相打ちで死んでいるとか……あっ……」
ようやく自分が置かれている状況を把握し、落書きを止めて頭を上げると……教壇に立ってこめかみに血管を浮かべているキャメロン先生とジト目で俺の事を見てくるクラスメイトが目に入ってきた。
……おっと、こいつは不味い。
「……いやー、素晴らしい物語ですね。なんというか……ハートフルっていうか……まあ、そんな感じですよね。自分も感動して年甲斐もなく涙が出ました。お恥ずかしい限りで、あははは」
「……アイゼア君。放課後、職員室に来なさい」
先生が、持っていたチョークを粉々に砕きながら俺に死刑宣告を言ってくる。
…………さいですか……
「失礼しました……」
言われたとおり放課後に職員室に行って、キャメロン先生からたっぷりと三時間ほど説教を食らった後、俺はトボトボとした足取りで誰もいない自分の家へと帰る。
両親? あの人達はとっくの昔に死んだよ。他に誰か頼れるひとはいないのかだって? いたら良かったね。
帰り道、自販機からジュースを一本買って、それを飲みながら家に向かって歩みを進める。
買い食いとか本当は駄目なのだが、どうせ誰も見ていないし、別にいいでしょ。
で、ストレスを発散するように一気にジュースを飲み干した後、近くにあったゴミ箱に空き缶を放り投げ捨てる。
綺麗な弧を描いて、ものの見事に空き缶はゴミ箱の中に……入ることはなく、明後日の方向へと飛んでいって、フードを被ってうずくまっていた人の頭にカコン、という音を立てて当たる。
……やっべぇ……見るからに怪しそうな人の頭に当てちまったよ……ここらへんは治安が悪いからなぁ……怒られる前にさっさと逃げるのが生き延びる秘訣だ。
というわけで、そそくさとこの場から退散しようとしたのだが……
「ちょっとそこのあなた。私にゴミを当てておいて逃げるおつもりですか?」
フードを被った人が声を掛けてきた
声からして女性だろう。というか、体の骨格からして女性だった。
しかし……良かったぁ……怖いおっさんとかじゃなくて。
見た目は怪しいが女性だということが分かったので、逃げるのは止めて謝罪と共に空き缶を拾うためにフードを被った彼女に近づく。
「……いやー、すみません。俺としては当てるつもりはさらさらなかったんですけど、ちょうど空き缶を放り投げた時に風向きが変わりましてね。決して俺のせいではないんです。風が悪いんです。なので、怒るなら風に怒って下さい」
清々しいまでのクズ発言をしながら謝罪と言えない謝罪をして空き缶を拾う。
「……そうですか。ですが、そんな態度ばかり取っているといつか後悔することに……」
フードを被っていた怪しい女性が、小言を言いながら俺の方を見てきたのだが……突然目を大きく見開いてフリーズしてしまった。
……なんだ? 時間でも止まったのか? いや、でも風は吹いているし、雲は流れているからそうではないだろう。じゃあ、心臓発作で死んだとか? それにしては苦しむ様子は無かったよな。
『うーん』と頭を捻っていると……突然、怪しい女性が俺の腕を掴んできた。
「――え!? いきなり何!? 怖すぎッ!」
「――ご主人様! ご主人様ではありませんか! 私です! あなたの奴隷のケイティです!」
ケイティと言ってきた人がバサッとフードを下ろして顔を見せてきた。
薄暗い道でも光り輝く金色の髪に、人間とは違う長い耳。どうやら彼女は、今となってはかなり数を減らして、世界に二人いるかどうかと言われているエルフらしい。
(……いや、ありえないな。こんな訳の分からんところにエルフがいるわけがないじゃないか。どうせ何かのイタズラだろう)
そう考えをまとめ、俺は必死に彼女の手を振り払おうとする。
「いきなり何を言っているんだ! ケイティ? 知らないぞそんなやつ! 誰かと間違っているんじゃないのか!? それにあんた、エルフじゃないんだろ!? 作り物の耳なんだろ!」
「そんなはずありません! あなたは紛れもなく私のご主人様であるアイゼア様です! 声も、顔も、体も! ご主人様そのものなんですから! それに、私は本物のエルフです! ほら、作り物の耳がこんなに高速で上下に動くと思いますか?」
彼女は見た目にそぐわない力で俺の腕を掴みながら、耳を高速で震わせてきた。
ぐっ……確かにマジモンの耳じゃないと出来なさそうな芸当だな……
って……ちょっと待て。なんでこのケイティと言ってきたエルフの女性は俺の名前を知っているんだ?
一旦彼女の手を振りほどくのを止めて、質問をする。
「なあ、なんで俺の名前を知っているんだ?」
「知っているも何も、あなたは私のご主人様だった天才魔術師アイゼア様の生まれ変わりなのですから、知っていて当然です。しかし……巷で耳にした輪廻転生の話は本当だったのですね……。まさか声、顔、体、それに名前まで一緒だったなんて……でも、記憶の方はないご様子……おかしいですね」
じーっと俺の事を透き通る目で見てくる。
……くっ……綺麗すぎて顔が熱くなりそうだ……耐えろ……耐えろ……!
しかし、ここであることに気がつく。彼女の腕を掴む力がかなり弱くなっていたのだ。さっきまでがゴリラだとすると、今はか弱い女性並だ。これなら振りほどけるはず……!
俺は瞬時に逃げることを決意し、未だに見つめてきて何かを考えている彼女の手をーー勢いよく振り払った。
「あっ!」
彼女の『しまった!』というような声をよそ目に、俺は自分の家へと全力でダッシュをし始める。俺は走ることに関しては得意なのだ。
タタタタタッ!
走りながら後ろを振り返ると、ケイティなる人物は消えていた。
(……あれ? 消えるなんておかしいな。追ってきているか、呆然と立ち尽くしていると思っていたんだが……まあいいか)
少し懸念があったものの、彼女から逃げられていることには変わりなかったので、そのまま全速力で家までーー
「ご主人様、凄く足がお早いんですね! 純粋な競争だったら追いつけて無かったと思います」
頭上から声がしてくる。何事だと思って走りながら見上げると……消えた彼女が空を飛んでいた。
……おかしい。人間とは地面を移動する生き物なのになぜ空中を移動している? いや、おそらくは魔術を使って浮遊しているんだろうが……
「おい! ハア……それは卑怯じゃないのか!? ハア……ハア……俺は魔術を使えないんだぞ! クッ……降りてこい! フハッ……で、脚力勝負をしろ!」
全速力をした影響で呼吸を乱しながらも彼女に抗議をする。
ったく、これだから魔術が使えるやつは……。一度は一日魔術を使用しないで生活してみろってんだ。
俺は私怨が混じった目で彼女を睨みつけるが……ケイティなる人物は浮遊したまま降りてこない。
「ご主人様が逃げないと仰るのであれば降りてきますが……」
「逃げる! というか、あんな話を聞かされて逃げないやつなんてこの世にいねえよ! どうせ詐欺か何かをするつもりで声をかけにきたんだろ! 残念だったな! 俺はクソ貧乏なんだよ!」
そう言いながらもこの先のルートを頭の中で考え、上手いことフェイントを掛けた後、街路時を曲がる。
彼女は『あわわわ』と言って俺の視界から消える。
しかし、このままではすぐに追いついてくるのは分かりきっている。というわけで、空から追えないように、そして俺を見失わせるためにくねくねとランダムに角を曲がり、家と家との間をすり抜け、大通りに出て人混みに紛れ、ゲーセンのトイレで用を足し、人が遊んでいるところをガン見して自分があたかもプレイした気になって楽しんだ後、満足して家に帰った。
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