お布団

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お布団

 その後。  特にすることもなかったので、寝ようという話になったのだが……この家には布団が一つしか無いことに気がついた。  しかし、俺はさっき学習したのだ。彼女は異次元収納空間という超便利なものを持っている。おそらく、その空間に布団かベッドも入っているだろう。  というわけなので、 「俺は部屋にある布団を使うから、ケイティは自分の持っている布団を使ってこの居間で寝てくれ。じゃあおやすみ」  そう言って居間から自分の部屋へ行こうとしたのだが……服の袖を彼女が掴んできた。  ……おいおい、何だって言うんだ?  俺は彼女の方を振り返りながら『なんだ?』と聞く。すると……ケイティは姿勢正しく、キリッとした顔で、俺の目を見て、はっきりと『持ってません!』と言ってきた。  ……ほう、なるほど。 「なんかすっげぇ胡散臭いんだが。例えるならそうだな、お前と今日、初めて出会ったときくらい胡散臭い。というか、ポーカーフェイスをしているつもりなんだろうが、むしろそれが原因で怪しさを醸し出しているわ」  いや、マジの大マジで。  ジト目になる俺だったが、彼女はそんな目線を意に返さず言葉を続ける。 「今までは安い宿などで寝泊まりしていたので、お布団は持ってません! 断じて持ってません!」  (……言っている事自体はおかしくない。おかしくはないんだが……やっぱりその表情と言い方だよなぁ……)  今までこんなはっきりと目を見開いて、長い耳をピンッと張って、背筋もここまで伸ばして話してこなかったし……  しかし、彼女は嘘をつかない人物だと思う。そんな彼女がいきなりこんな態度をとってくるのは少し違和感を感じるところではあるな…… 「……ケイティ。俺は嘘をつくことは悪いことじゃないと思う。世の中には優しい嘘というものも存在するしな。ただ……こういう布団とか、結構危ないことに発展しそうなことに関しては嘘をついたら駄目だと思うんだよ。もし間違いが起こったらどうするんだ? いや、自制はもちろんするが……俺だってもう子供じゃないんだぞ?」  高校生で、普段はひねくれている物の考え方をしがちな俺が、教え諭すようなことを珍しく言っているのだが……ケイティは先程と同じように嘘くさい『持っていません!』を連呼するだけだ。  一体どうしたんだよ…… 「なあ、お前はそんなやつじゃなかっただろ? 突拍子もない話をしてきたりとかもしたが、基本的には、というか今のところはただのいい人だったじゃないか。急にどうしたんだよ」  心配そうな顔をしながら彼女に問いかけると……少し逡巡した後、 「ご……ご主人様と……一緒に……寝たいのです。三千年間、ご主人様を探して探して……寂しさを必死に我慢しながら……探していたのです。それで、今日、ようやく見つけることが出来て……嬉しくて……でも、これが幻だったらって。ご主人様とは本当は会えていなくて、夢を見ているだけなのかなって思ったら……怖くて……。それに、朝起きたらご主人様が居なくなっているかもって思ったら……眠れそうになくて……。でも、こんなことを言ったら……もしかしたら重たい女だと思われるかもしれないですし……良い歳した私が高校生であるご主人様に『添い寝してください』なんて言ったら……笑われるかもと思ったりしたりして……」  そう言いながら、シクシクと泣き出してしまった。  いや、俺は別に泣かせるつもりで言ったわけじゃなかったんだが……  俺は少し迷った後、彼女の肩をポンポンと叩いて安心させてあげる。 「俺は別にどこにも行かないし、居なくならない。それと……別に重い女だとは思っていないし、『添い寝してください』とか言ってきても笑ったりはしねえよ」 「……そう言っていただけて嬉しいです。あと、その……ついでというわけではないのですが……一つ、お願いしてもいいですか? ……もう二度と私を置いてどこかへ行ったり消えたりしないでください。三千年前と同じようなことは、絶対にしないでください。あんな思いをするのは……嫌です……。ずっと、ずーーーーっと私と一緒に居てください」  上目遣いからの瞳うるうる攻撃で俺の心をものの見事に射抜いてくる。  三千年前に何があったのかは、記憶が封印されている今知る由もないが……まあ、ケイティを置いて何かをしたのだろう。いや、彼女の書いた本をしっかりと読めばそこら辺の経緯も分かるのか。  ただ、何も知らなくても今ここで俺が言うべき言葉は決まっている。いや、正確にはそういう方向に持っていかれたのかもしれないが。しかし、別に嫌な気分ではない。むしろ、俺としても諸手を上げるべき状況だろうしな。 「……ああ、分かったよ。約束はしかねるが」 「――約束してください」  言うべき言葉は決まっていると言いながらも曖昧な返答をすると、グイッとケイティが俺の目と鼻の先まで詰め寄ってきた。  ……『約束』の重みを分かって……ああ、この目は分かっている目だな。   「ぐぬぬぬ……分かった。善処――」 「約束してください」 「…………ああ分かったよ! お前の傍から離れないって約束するから俺に近づくな! ……ったく、こちとら頑張って色々と我慢しているのに……もう少し人との距離を考えろ!」  ケイティから感じる謎の圧と、キスの距離で見つめられているこの状況に耐えられなくなった俺は、半分やけになったように彼女のお願いを了承する。  てか、本当にこいつはスキンシップはしてくるし、すぐに俺に近づいてくるしで……本当に男に接する感じじゃねえぞ!  で、ケイティの方はというと『こんなに顔を真っ赤にして……元ご主人様にはなかった初々しい反応で新鮮ですね!』とかほざいてきた。  ……それ以上なにか言ったら一緒に寝てやらねえからな。  でなんとか赤い顔を元に戻した後、俺は『夜泣きされても困るから一緒に寝るぞ』と若干さっきのお返しも混ぜ込んだことを言いつつも彼女のお願いを聞くことにした。 二人で俺の部屋まで行き、俺とケイティは狭い狭い布団に一緒に入って……もう良い時間だったので、いつもしている寝る前のゲームなどはせずに電気を消す。  流石に仰向けで寝ると狭すぎるので、体を横に向けてスペースを作る。あ、彼女とは反対方向を向いてるよ? 向かい合って寝るとか、今の俺には色々な意味で無理だ。  そんな感じで目をつぶって寝ようとしていたのだが…… 「あ、あの……ご主人様。体のどこかはみ出ていたりしませんか? 今日は少し冷えるらしいので、しっかり掛け布団を被っていないと風邪を引いてしまいますよ?」  と、ケイティがお母さんみたいなことを言ってきた。  はみ出ていたりしないか? そりゃお前、一人用の布団に二人も入っているんだからはみ出るに決まっているだろうが。横を向いているのに、体の半分が出ちまっているよ。まあ、少しでもケイティから離れようとした結果なんだが。  いや、仕方ないじゃん。俺、高校生だよ? それなのに、女性と一緒に寝るとか……おかしいだろ。それに、ケイティの方から物凄くいい匂いがしてくるし……俺と同じボディーソープを使っているんだよな? なんでこんないい匂いがしてくるんだ?   謎の現象に頭があっぷあっぷしていると……突然、ケイティが俺に抱きついてきた。 「んぁあ! お、おい! いきなり何をするんだ!」 「何って、ご主人様に抱きついただけですよ? ほら、こうしていると、掛け布団から体がはみ出ないですし」  俺に布団を掛けてきてくれる。  いや、気が回っていい女性ではあるが……抱きつきはやばい。本当にやばいから! というか、お前は胸がでかいんだから背中に当たってんだよ! 気づけよ! それで離れろよ! 「お、俺は男だぞ! そんな子供に接するような感じで抱きついてきたら……どうなるか分かるだろ! 火遊びはこれくらいにしておけ!」  必死に俺のお腹に回してきた手を引き剥がそうとしながら口を開く。  ……いや、びくともしないんだけど!? 相変わらずゴリラみたいな力だな! 「……分かっています。ご主人様がもう立派な男性であることは、分かっています。その上でこのような行為をしているのです。個人的には、三千年前に出来なかったことを今日シテもーー」 「――今すぐその口を閉じろ! さっきも言ったが、冗談でも言って良いことと悪いことがあるのは分かっているだろ? 俺がその言葉を本気にしたら困るのはケイティ、お前の方なんだからな? ほら、この俺の体に回している手を離してくっつくのを止めろ! それですぐに寝ろ!」  ケイティは『別に本気にしてもらっても構わないんですよ?』と言いながら手を解いてくれて……胸の感触も感じられなくなった。まあ、その代わり俺の背中におでこをひっつけてきているような感じはするが……それくらいは許してやろう。  というわけで、色々あった一日が終わった。
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