冷たい夏

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   とある路地裏に着いた。  ここは、私の懺悔の場所だ。 「またやってしまったよ」  何もない場所に話し掛ける。  丁度、一年前だった。ここには成猫の野良猫が居た。偶然通り掛かって見付けた。  ──猫は、とても痩せていた。ガリガリで、毛もところどころ抜けていて、右目はほとんど閉じている。見えているかも怪しかった。  そして鳴き声。ぐー、ぐー、と、うめく事しか出来ないようで、喉に異常を持っているのは、すぐに分かった。何か病気を持っている。そんな事は、すぐに分かった。  近付いても、逃げない猫。その場に伏せて、動かない。頬はこけて、目もほとんど開いていない。それなのに、真っ直ぐ私を見つめていた。ゆっくりと、まばたきをして。ぐー、ぐー、と鳴いている。 「病院……」  声に出た。もう手遅れなのかもしれないが、助けを求められた気がした。そこから一歩も動けない。猫も動く気配がない。でも、私は、助けなかった。  当時。実家ですでに、保護猫を一匹飼っていた。その子に、病気が移る可能性を考える。連れ帰るにしろ、まずは感染症の予防からしなくてはいけない。経済的な面からいっても、二匹飼うのは厳しかった。うちの子も、もう歳だ。通院も増え、そろそろ介護が必要になる。夜鳴き、トイレの面倒、その他諸々のお世話となると、これまで以上に大変だろう。  無力だ。そう思った。 「ごめんなさい」  泣きながら、謝った。猫はぐーぐー鳴いている。撫でる事すら出来ないのが、重罪のように思えていた。  私はその場から逃げるように歩き出し、仕方がないのだ、綺麗事では生きていけないのだと念じ、忘れる努力をし続けた。  野良猫は、居なくなった。  偽善と分かりつつ数日後。  訪ねてみたら、消えていた。  どこかで死んでしまったかも。  見付けてくれた人間が、私で最後だったかも。  あの猫は、見捨てられたと諦めた。何もかもを諦めた。苦しみながら息絶えた──。そんな想像ばかりする。  それ以来。私は毎日欠かさずに、ここへ足を運んでは、祈りを捧げるようになった。 「今度は人間見捨てちゃったよ」  落胆する。自分で自分にガッカリする。  雨はずっと傘を叩いて、私を責めるように降る。逆に、何も居なくなったその場所は、無機質に私を見つめている。  冬は、死を連想する季節だなんて、誰かが言った。  私にとっては夏こそそうだ。  凍えもしないし雪に埋もれもしないのに、夏は、とても冷たい季節だ。  涙は出ない。泣くくらいなら、初めから。  全力で、命と向き合うべきだった。 「何が正解なのか、分からないよ」  真っ白な空が、何も言わず、ひたすら雨を降らせている。 「私は言い訳してるだけ? お前を助けていたら良かった? そしたら友達も失わなかった?」  何を拾って生きるかという、取捨選択のさじ加減。そこに命を乗せて良いのか、天秤に掛けて良いものなのか。  そう考えて悩むくせ、野良猫を見捨て、友人を見捨てた私がいる。そんな私は、確かにこの世に存在している。  私の夏は、終わらない。  何度こうして繰り返すだろう。  それでも自分は生きている。  嫌な計りを持って生きてる。  いつか、悔いのない選択をしたい。  言い訳をしない自分が欲しい。  いや、正直に言うのなら。  この罪悪感から逃れたい。  ただ、忘れたいだけなのだ。  しょせん私は、こんな形で惰性する。  許される日は来ないのに。  どうして良いか、分からない。  冷たい夏が、責めるように喪服を濡らす。  
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