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怨霊化
ガタ……。
最初は、空耳かと思った。
ガタ……ガタ……。
2回目の音がする。今度はハッキリと『棺桶からの音だ』と分かった。
「何……まさか……っ!」
座っていた折りたたみ椅子から立ち上がり、思わず身構える。
……ガタン!
目の前にある『大きな木箱』の蓋が、音を立てて開いた。
俺の背中に冷や汗が流れる。全身が総毛立つのがハッキリと分かる。足先が微かに震えている。
「嘘……だろ。そんな……馬鹿な……」
散々に霊と遭遇して来たというのに、それでも腕が震えるのを止められない。
ぐ……っ! あの役立たずがいなくて正解だぜ……。俺のこんな姿を見られた日にゃぁ、後で『そら見た事か。私を馬鹿に出来ないでしょう』と嗤われちまう!
ガコン……。
蓋が床に落ち、中から痩せ細って染みの目立つ腕が覗いている。
《ふふふ……久しぶりだな、鬼主君》
不気味な声とともに、白い三角の額烏帽子を付けた頭が棺桶から姿を現す。いや、正確には『物理的な声』ではない。心霊現象による『霊声』だ。
「マジかよ……そんな馬鹿な!」
息が荒い。ルナみてぇに身体がブルって上手く動かない。
「……『生き返った』ってぇ訳じゃぁなさそうですね、先生……」
ゆっくりと、呼吸を整える。
《ああ……そうらしいな。残念ながら、ね》
ニタリと嗤うその顔に、生気はない。これと同じ現象は過去に一度だけ見た事がある。そう、それは極めて重大な『心霊現象』……!
《よいしょっ……と。わざわざワシの葬儀に顔を出してくれてすまんな。ヒヒヒ……礼を言うよ。何しろ『霊』だけにな!》
まったく笑えないオヤジギャグを飛ばしながら、『的梨先生』の身体が棺桶から出て祭壇に座り込む。
「……つまらないギャグを飛ばしてる所を見ると、どうやら的梨先生本人のようで。誰か他人が『乗っ取っている』って訳では無い……と」
ダメだ、足が竦んでやがる!
《その通り、『これ』は私自身だ。いやはや、霊力が強すぎるのも問題かな? まさかこんなにハッキリと自我が残ったまま『霊化』するとはワシ自身思ってもみなかったよ》
ニヤニヤと的梨先生……いや、的梨先生の『死体』が肩を揺する。
「……先生、分かってますよね? 『死体への憑依』は重大な心霊現象規制法の違反ですよ?」
……どうする? いくら恩師とは言え、犯罪は犯罪。それも死体への憑依は『第一類』に分類される重罪だ。何とか引っ張って『心霊裁判開廷の条件』を揃えて対処するか……。
《『心霊現象規制法の違反』だと?》
フン!と死体が鼻を鳴らした。
《お前が言っているのは心霊現象規制法施行令第1条の『死体への憑依』だろう? だが、残念だな。『それ』はこの場合において適用出来んぞ?》
「何……だと?」
俺は左手で心霊木槌を探った。
《くくく……そもそも『死体への憑依』はそれ自体の例が少ないからな。あれは今から35年程前だ。同様の事件が起きた時に『死体への憑依とは、死亡が宣告された他人の身体に入り込んで動かすこと』と定義された判例があるのだ!》
……『他人の身体』だと? では、この場合は。
ギリ……と、奥歯を噛む。
《そう、この場合は『ワシ自身の身体』だから『他人の身体』ではない! よって罪には抵触せんわ!》
死体がガタガタと顎を震わせて高笑いをする。
「くそ……っ! だが、まだだ! まだあるぞ! 今、先生は『棺桶の蓋を開けた』じゃないですか! これは心霊現象規制法施行令第3条の『物体の移動』じゃないんですか?! 少なくとも動いた量は3センチどころの騒ぎじゃぁない!」
これなら、どうにか……!
だが、的梨先生の余裕は崩れなかった。
《がはは! 君は甘いのぉ。心霊現象規制法第2条『定義』を知らんのか? 定義上『心霊現象』とは『科学的かつ物理的な事象ではない超自然的な現象』とある! だが、この棺桶の蓋はワシの『身体』が物理的に開けたものだ。よって、そもそもの定義から外れるておる!》
……何てこった、これは厄介な事になったぞ。
俺は焦りを覚えた。
何しろ、相手は心霊現象規制法に関してプロ中のプロなのだ。こっちが知っている法なぞ、当然知っていると言って間違いない。
これほどの強烈な心霊現象を起こしているにも関わらず、これを『罪』に問うのは至難の業!
《くくく……まだまだ青いのぉ》
『死体』は、ニヤリと口の端を歪め、俺を見下した。
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