猛攻

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「ど、どうしたんです?」  元原告が俺の顔を覗き込んでくる。 「……その『元に戻った』というのが問題なんですよ。心霊現象規制法施行規則第3条第1項には『物体の移動は、当該物体を破壊しない程度で、かつ、その移動距離を3センチ以内としなくてはならない』とあるんです。なので、屁理屈を言えば『元の位置に戻った』場合は、罪にならんのですよ……!」  元原告には見えていないようだが、的梨先生は腹を抱えて大笑いをしている。やはり『元の位置に戻れば罪には問えない』のを知っているんだ。 「くそっ……!」  心霊木槌(ガベル)を握る左手が悔しさでブルブルと震える。  ……まさか、こういう時代が来るとはね。  法に詳しいヤツが怨霊化するというのは、想定外の事態だ。  そんな俺を嘲笑うかのように。  透明度99.5%程度まで薄くなった的梨先生がフワリとソファーから舞い上がる。そして『またな』と言うように手を振って、部屋の外へとすり抜けて行った。    それからだった。  とにかく、あっちでもこっちでも、所構わず俺の元原告のところへ的梨先生は出没するようになった。 「ぐ……っ! 今回はオーブか……!」  心霊木槌(ガベル)を握りしめ、俺はその部屋をぐるりと見渡す。相変わらずルナはへたって使い物にならねぇ。  そんな中、的梨先生はニヤニヤとしながら、『薄く光る玉(オーブ)』を自在に動かしている。 「くそっぉ……」  これがもし心霊現象ではなく蛍か何かの仕業なら、幻想的で綺麗な光景と言えるだろう。がしかし、これはれっきとした心霊現象なのだ。  それも、オーブは心霊現象規制法の中で最も規制が緩い『他の条項に抵触しない限り、これを規制しない』というザル状態。  ふと的梨先生の方を見ると、まるで『綺麗だろう?』と言わんばかりに悠然と構えている。それも他の人間に見えないよう、ギリギリまで透明度を上げての嫌らしい仕業だ。  またある時は、被害者の本棚から本を飛ばして見せ、また再び元の本棚に戻すという『行儀のいい真似』をしてみせやがった。  当然この場合、結果的には『元の位置からは動いていない』ので、罪に問う事は出来ない。  そうかと思うと真夜中に『僅かに見える程度』の発光現象を出してみたり、俺達がいる眼の前で、被害者に分かるか分からないか程度の『吐息』を吹きかけて怖がらせるという挑発もやって来た。  そして、それらに俺達が対応出来ずにいるのを楽しむかのように、的梨先生は次々と挑発をエスカレートさせてきたのだった。  『妙な音が聞こえる』というので行ってみたら、案の定的梨先生が待っていて、『パチ! パチ!』とラップ音を出してくる。  『音』と聞いたので騒音計を用意して測定したみたが、基準となる『60デシベル』に僅かに届かない『55デシベル』で踏みとどまっていた。 「ちくしょうめ! 『何処まで音を出せば60デシベルを超えるか』を熟知してやがる!」    思わず愚痴った俺の耳元に、いつの間にか先生がやって来て《今日は最高♪ ワシは怨霊♪ 怪しい音は音量♪》とか囁いてきやがる!  ……ふざけやがって! 『ラップ』ってそういう意味じゃねぇんだよ!  思わず苛ついていると、今度は鬼火を繰り出してきた。鬼火は『1回に3つまでで、色は赤か青』と定められている。  しかし……。 「くっそぉ……何だよ、ギリギリを狙いやがって……!」  繰り出してくる鬼火は、赤ともオレンジともとれるよう微妙に配色を調整してあるのだ。これでは『弁明の機会』で逃げ切られる恐れがある。多分、膨大な過去の判例から『この色までなら大丈夫』なラインを見切っているのだろう。 《ヒヒヒ……》  俺のひきつる顔に、先生の高笑いが聞こえてくるようだった。  
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