微罪

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微罪

「何とか……何とかして反撃の糸口を捕まねぇと……」  焦りばかりがつのる。  と、その時だった。  調子に乗って『パチ! パチ!』と再びのラップ音を響かせてきたのを、俺は聞き逃さなかった。 「今だ……! これより、『心霊裁判』を開廷する!」  開廷宣言に呼応して俺の心霊木槌(ガベル)が蛍のような鈍く青い光を放ち始める。 《な……何っ?!》  先生はビクついたようだが、もう遅い。ここは元被害者の部屋で『音を聞いた原告』と、全く役に立たねぇが、一応それでも弁護士のルナがいる。裁判開廷の条件は揃ったのだ。 「ふふ……逃げようったって、そうは行きませんよ、先生。何しろ一度『開廷』が宣告されれば、心霊現象規制法第6条第2項に定められた義務として被告となる怨霊はその場に立ち会う義務が生じるのですから!」  俺は胸をそびやかし、やっと出番を得た心霊木槌(ガベル)を真っ直ぐに突き出す。 「罪状! 当該怨霊は、20xx年7月10日、当マンションの同部屋において、その心霊力を用いて『2回に渡ってラップ音を響かせた』ものである!」 《ちっ……!》  先生が小さく舌打ちをするのが見える。 「根拠法の宣告! 同心霊現象は、法第3条の『過度な心霊現象の禁止』において規制される、同施行令第1条第4類『ラップ音』に該当する!」 『次』に備えて、俺は心霊木槌(ガベル)を軽く宙に放り上げる。心霊木槌(ガベル)は的梨先生の真上で静止した。 ……いつも通りの手順。 「……当該法施行規則第4条第3項において、同現象は『ラップ音は、普通騒音計において60デシベル以下とし、被害者1人につき24時間で1、かつ1回の音は20秒以内とする』と規定されている。よって当該心霊現象は『有罪』と認定される!」 心霊木槌(ガベル)が一際大きな光を放ち始め、まるで空気を孕んだ風船のように膨らんで怨霊の真上にどっしりと構えた。 「『弁明の機会』を与える! 被告怨霊は、当該認定について異義申し立てがあればそれを述べよ!」 《……20秒は気をつけていたが、最近は『あの間隔』でも2回とカウントするのか。くっ! これはミスったわい》 「助手ぅ! 仕事しろ、おらぁ!」 背後で被害者にしがみついている『助手』に『宣言』を促す。 「は、はひぃ! 『被告怨霊から、明確かつ正当と認められる異義はありませんでした。よって、当該心霊裁判は全ての手続きを正当に済ませたものと認定します』以上っ!」 涙目になって震えながら、助手のルナがどうにか『宣言』を唱えた。 「判決を下す!」 俺は右の人差し指を的梨先生に向かって突き立てる。 「よって、当該怨霊を法第10条の罰則規定に基づき……」  くやしいが、今は『これ』が限界なのだ。 「……『所払い』の刑に処する!」  本来であれば封印まで持ち込みたいところだが、ラップ音ではそこまでの量刑を与えられない。 「ここから退去しないと、それこそ『封印』しますよ……先生?」  『やられたなぁ』と頭を掻きつつ、的梨先生がひょいと肩をすくめた。  先生の頭上には、万が一暴れて判決に従わなかった場合に備えて巨大化した心霊木槌(ガベル)が待ち構えている。  あわよくば、『不服従』という姿勢を見せてくれれば。  だが相手も百戦錬磨の専門家だ。そんなこちらの事情なぞ、とうの昔にお見通しだろう。 《やれやれ……チョットばかり、はしゃぎ過ぎたかの。まぁいい、どうせ同じところに2度も用事はないのでな。》  そう言うと、悠々と立ち上がって先生はニヤリと嗤った。 《……また今度だ。まぁ、楽しみにしておれ》
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