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判決を言い渡す
「こら、役立たず! ちゃんと『聞いて』いたなぁ?」
「は、はひ、ちゃんと『聞いて』ましたぁ!」
フローリングの床に突っ伏し、半泣きどころかベソをかきながらルナが答える。
《おやおや……まさか、そんなところに助手が隠れていたとはね。その娘さんは、別のマンションに自室があるんじゃないのか?》
的梨先生の顔が少し強ばる。
「ああ、そうさ。だが今日だけは無理矢理『残業』させたんだ。もしかしたらあんたが『来る』んじゃないか……てね」
《何……?》
「何で俺がこんな、へっぴり腰の『役立たず』を連れていると思う? こいつはな人一倍霊感が強いという特技の持ち主なんだよ! 他の霊感能力者が見過ごしてしまうような微かな霊気ですら、こいつは敏感に反応するんだ。……いわゆる『嫌いな物ほどよく目につく』ってヤツだよ!」
そう。犬屋敷ルナという女は『人一倍霊感が強い』からこそ、『人一倍霊を恐怖に感じてしまう』という特異体質の生きる霊体センサーなのだ。
「あんたは万が一にも霊感の強い人間に霊声を聞かれないよう『ギリギリ俺が聞きとれる程度』までレベルを下げていたようだが、ルナは俺より更に霊感が強いからな。隠れていても『丸聞こえ』になるのさ……」
俺はハンガーに掛けた正装のローブを背中に羽織った。
「分かるだろ? 的梨先生……あんたは心霊裁判以外の場において、『相当程度の霊感能力を持つ人物が、何を喋っているのか判別に困難な程度までとする』という、心現象規制法施行規則第3条第3項における『声掛け』の基準を超過したんだ!」
《……っ!》
的梨先生の表情に、焦りの色が浮かぶ。
《なるほど……これは『罠』だった……って事か。いやはや、完全にやられたよ》
「……この『役立たず』が、玄関の前で『誰か霊が来てます』って言うんで、『玄関に入らず外で待ってろ』と指示したんだ。そうして、俺があんたの注意を引いている間にルナは部屋に侵入し……そこのミニキッチンに隠れていたのさ。そこの空間だけは『防霊処理』が施してある安全地帯なんでね」
《くくく……ははは……あっはっはっは!》
突如、的梨先生がけたたましく笑いだした。
《ははは……これは一本取られたよ。まったく、油断大敵とはこの事だな。君の事を弟子だと思って舐めていた。だが……》
にっ……と再び的梨先生が不敵な笑みを浮かべる。
《『声掛け』の違反は所詮が『第三類』の罪に過ぎん。確かに封印はされるだろうが、その期限はたったの100年! お前達人間からすれば長い期間かもしれんが、永遠の時間を持つ我々にとって100年なぞ『一眠り先』に過ぎんわ!》
そう。確かに、『声掛け』は心霊現象規制法施行令第1条第3類に分類される、比較的軽微な心霊現象……だがしかし。
「ほぅ……やはり『そういう認識』なんですね?」
俺は左の腰にぶら下がる、愛用の心霊木槌を手に取った。
「残念ですがね、先生。事はそう簡単じゃぁないんですよ?」
《何だと……》
ジリ……と的梨先生の身体が僅かに『逃げ』の態勢に入った、次の瞬間。
「これより、『心霊裁判』を開廷する!」
俺の開廷宣言が、一歩早かった。
《ぐっ!しまった! 身体が……!》
的梨先生の身体が、その場にガッチリと鋲止される。
「ルナは、この場合『被害者原告兼弁護士』だ! そして被告と怨霊と心霊裁判官たる俺が揃った事で、心霊裁判の開廷条件が満たされたんだよ!」
ルナは相変わらずスリッパのように床へ這いつくばっている。
「……そして大事な事がある。あんたは自分の罪状について『第3類』だと高を括っていたようだが……それは違う! あんたはすでに『ラップ音』で前科一犯の身……つまり『再犯』。そして、あんたの罪状である『再犯』は『第5類』なんだ!」
《何……『第5類』だと? 馬鹿な! 心霊現象規制法における類別区分は『4つ』じゃないのか! 『第5類』なぞ聞いた事もないわ! そんな架空の法律でワシを釣ろうと言う気か?!》
「だろうね。それは病床に伏していたあんたが知らなくても不思議じゃぁない。何しろ『第5類』が新設されたのは、去年だからな……」
そう、それは的梨先生が現役を引退された後に追加された条文。そのため、最高刑にも関わらず『第1類』の前ではなく『第5類』として最後に追加されたのだ。
「……『法律』ってのはな、時代に合わせて進化していくモンなんだよ。なるほど確かにあんたは『昔の事情』には詳しいだろうさ。だが『今の事情』には無頓着だったか?」
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