判決を言い渡す

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「罪状! 当該怨霊は、20xx年7月11日、当鬼主法律事務所において、その心霊力を用いて原告・犬屋敷ルナに、はっきりと認識が出来る程度の『声掛け』を行ったものである!」  ルナはまるで戦場に伏せる兵士のように頭を床に突っ伏し、両手で頭を抱えて震えている。 「根拠法の宣告! 同心霊現象は、法第3条の『過度な心霊現象の禁止』において規制される、同施行令第1条第3類『声掛け』に該当する!」 『次』に備えて、俺は心霊木槌(ガベル)を軽く宙に放り上げる。心霊木槌(ガベル)は先生の真上で静止した。 そう、正に『いつも通りの手順』。 「……当該法施行規則第3条において、同現象は『声掛けは、相当程度の霊感能力を持つ人物が、何を喋っているのかまでとする。』と規定されている。よって当該心霊現象は『有罪』と認定される!」 心霊木槌(ガベル)が一際大きな光を放ち始め、まるで空気を孕んだ風船のように膨らんで先生の真上にどっしりと構えた。 「更に! 同被告怨霊は同年7月10日において、20xx年7月10日に『ラップ音』について有罪判決を受けている! よって、これは『再犯』とみなす事が出来る! 『再犯』は心霊現象規制法施行規則第5条により『その全てを認めない』と規定している! よって本被告怨霊は再犯の『有罪』と認定される!」  高揚感で身体が震える。何しろ、過去において『再犯』が適用された怨霊は例がない。つまり、この判断が将来においても適用される『判例』となるのだ。 「『弁明の機会』を与える! 被告怨霊は、当該認定について異義申し立てがあればそれを述べよ!」 《いや待て、せめて根拠法の条文を見せてくれ! そうでなければとても納得が行かん! まずはそれを熟読した上で、弁明をしっかりと考えて……》 「助手ぅ! 仕事しろ、おらぁ!」  ……そんな苦しい時間稼ぎ、痛々しくて皆まで聞いてなんざいられねぇんだよ! 「は、はひぃ! 『被告怨霊から明確かつ正当と認められる異義はありませんでしたよって当該心霊裁判は全ての手続きを正当に済ませたものと認定します』以上っ!」  まるで早口言葉かと思うほど高速でルナが宣言を唱える。 「判決を下す!」  俺は右の人差し指を怨霊に向かって突き立てた。 「よって、当該怨霊を法第10条の罰則規定に基づき、『存在の消滅』の刑に処する!」 次の瞬間、巨大化した心霊木槌(ガベル)が真っ逆さまに的梨先生の霊体目掛けて振り下ろされる。 《ま……待ってく……!》 ズン……!  異議申し立てを無視し、問答無用とばかりに心霊木槌(ガベル)の放った霊気がその打点を中心として航跡波のように部屋を渡る。  ……その下には。  もう、塵ひとつとて残ってはいなかった。 「はぁ……はぁ……」  全ての体力を使い切り、俺はその場にへたり込んだ。これほどの倦怠感を覚えるのは、新人の時以来だぜ……。 「……おい、『役立たず』。終わったぞ。もう、起きて顔を上げても大丈夫だ」 「は……はひぃ」  魂でも抜かれたかのように、ルナが床にペタンと座り込んだ。さしものルナも、今度は相当堪えたに違いあるまい。 「あのよ……」  俺は床に身体をバタンと投げ出した。そう……ルナのように。 「俺、今回は思い知ったわ。いつもお前に『霊に慣れろ』とか言ってたけどよ……先生が最初に霊になって現れた時……思わず『身体がすくんだ』んだ。ああ……ルナが『霊が怖い』って言う感覚は、これなのか……と思ったね」 「ははは……少しは私の感覚が分かりましたか?」  ルナが小声で微笑んだ。 「まぁな……だから、これからぁもう少し配慮するようにするよ。ま、出来るだけな」  そう、『役立たず』とは言っても、こいつがいなければ的梨先生を倒す事は出来なかった。 「何か……そんな事を言うだなんて、鬼主さんらしくないですね」  ルナも、少し放心状態のようだ。 「……だったら、私もこの際だから言わせて貰っていいですか?」  照れくさそうにルナが顔を赤らめる。 「何だよ、今日はまた随分と殊勝じゃないか。ああ、いいぜ。言ってみな」  「あ、あのですね……実はずっと思ってたんですけど……」  緊張感が、ルナの声を震わせている。
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