鬼主法律事務所

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鬼主法律事務所

 ガチャリ……。  翌朝9時55分、鬼主法律事務所の玄関ドアがゆっくりと開いた。 「……おはようございます」  ぼうっとした顔で、ルナがトボトボと頼りない足取りのまま部屋に入ってくる。 「まったく……何だよ、その怨霊みてぇに正気のねぇ面は。もっとシャキッと出来ねぇのかよ」  桜の木で作られた愛用のデスクで昨日の書類を作成しながら、俺は玄関に向かって悪態をついた。 「だって、仕方ないじゃないですか!」  俺の不服にルナが頬を膨らませる。 「昨日の終わり、何時だったと思ってるんです? 深夜の3時ですよ?3時! 夜半過ぎからずっと待機してて……それで『10時に出てこい』はヒドく無いですか? 人権上、問題があると思うんですけど?」  ぶつぶつ文句を言いながら、ルナは赤い手持ちのバッグを自分用のデスクにドスンと乗せた。 「それがどうした? 3時に終わって、4時に帰宅。9時に起きるとして5時間も睡眠時間が取れるじゃねぇか。それも『事件があった時だけ』の話だぞ? 充分に配慮していると思うがね。役にも立たねぇお前の『人権』とやらに!」    PCのモニターに目をやりつつ、俺の『正当性』を毅然と主張する。 「……あのですね」  わざとらしくドンと音を立てながら事務椅子に座り、ルナが反対尋問を始めた。 「『女』は男と違って色々と手間が掛かるんです! 帰宅したらメイクを落としたりお風呂に入ってスキンケアもしないとダメだし、翌朝にはメイクもキチンとしなきゃならないんです」  頬を赤くして膨らましながら、バッグから書類を出して準備を始める。 「それに寝る前にはだって必要不可欠ですし!」 「……いや、晩酌(それ)は無くてもいいだろう。素面で寝れば」  この大酒飲みは何を言い訳にしてるんだ?と、俺は呆れ顔でルナの方に視線を起こした。 「何を言ってるんですか!」  バン!と小さくデスクを叩いてルナが反論する。 「私、一人暮らしなんですよ? 毎回『心霊現象(あんなめ)』に遭って『さぁ寝るかー!』なんて気持ちを切り替えるとか出来るわけが無いじゃないすか!? 部屋の隅で『ガサリ……』なんて物音がする度に、心臓が止まりそうになるほどビックリするんですよ! もうね、飲んでベロベロにならないとやってらんないんですから!」 ガン!と書類でデスクを叩く音がする。昨晩はいつも以上に強烈だったせいもあるだろう。今朝がいつも以上に不機嫌なのは二日酔いの影響か。 「やれやれ……。そんなにヤだってんなら、何だってウチに就職(きた)んだよ。『鬼主法律事務所』は心霊現象専門だぞ?」 俺はキーボードを叩く手を止めて、未だ苛ついているルナの顔を見やった。……なるほど、少なくともその眉毛は『描いてある』ものだな。 「仕方なかったんですぅ! 折角苦労して司法試験に合格したと言うのに、世間の景気が運悪くドン底で……何処の法律事務所も新人を雇ってくれる余裕が無かったんですから! そもそも事務所の名前に『心霊』って書いてあれば、応募なんかしませんでした!」  半分涙目になりながら、ルナが書類の整理を始めた。 ……うーん、だったらとっとと辞めればいいような物だが。俺としても前任者が『肝臓を悪くして仕事が続けられない』と退職したばかりで困っていたから、あえて知らん顔して雇用契約書にサインさせたが……。 あれ? これって『騙した』事になるのか? まぁいいや。わざわざ自分から不利になる証言をする必要もあるまい。 まだブツブツと文句を言いながら、ルナが昨日の原告に送る書類の用意を始めている。 ぶっちゃけ、ルナも鬼主(ウチ)より好条件の法律事務所が見つかればソッコーで転職する可能性は高いだろう。  しかしそれで『自社弁護士が欠員』になれば、目の玉が飛び出るほど高い報酬を吹っ掛けられる『外部の弁護士』に委託するハメになるしな。  なので簡単には辞められないよう、雇用契約書にもをしてあるのだよ。    ……それに。こいつはこいつで『使い道』が無いわけでもないんでな。
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