鬼主法律事務所

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ピン……ポン……。 玄関のチャイムが鳴る軽い音がした。『予約』のあった客だろう。 「あ、お客さんですね」 ルナが席を立って玄関へと向かおうとする。 「ああ、開けなくていい。勝手に入って来るから」 俺がそう言うのと、ルナが顔をひきつらせながら猛ダッシュでミニキッチンに逃げ込むのは同時だった。 「……まったく。ウチは『心霊専門』なんだから、いい加減に慣れりゃぁいいのに」 溜め息を吐きつつ、フワリと音もなく部屋に入ってきた『客』を迎える。 「どうぞ、そこのソファーに」 立ちっぱなしで疲れる、という事もないだろうが立ち話では何となく格好がつかない。座った方が話しやすいだろう。 「ええっと、10時で予約のあった(かた)ですね?」 俺の向かいに座ったのは、透明度98%くらいの『若い女性』……正確には『元・若い女性』だ。まだ死んで日が浅いんだろう。霊気が初々しい。 「……今日はどのような相談で?」 暴れる霊がいれば心霊裁判官として働く俺だが、普段はこうしてやって来る霊の法律相談も受付ている。これには霊が過度に暴れないよう抑止する目的もあるのだ。 《……。》 周りに聞こえない程度の小さな霊声で、ボソボソと女の霊が身の上を語りだす。 「はぁはぁ、なるほど。つまり、あなたを殺して逃亡している元彼氏を『呪い殺したい』と……うーん、それは困りましたなぁ」 昨日のストーカー怨霊もそのパターンだが、霊が何か現世に強い想いを残すのは大抵が『恋』か『恨』だ。そういう場合はどうしても気持ちが走り過ぎて『犯罪』になりやすい。 「あなたも知ってると思いますが、基本的に『呪い殺し』は禁止行為なんですよ。あくまで現世の犯罪は現世の法で裁くのが原則ですから」 うかつに霊の暴走を認めてしまうと『私刑』が横行してしまうから、それは防がねばならないのだ。 「ですが、例外もなくはないです」 無論、人間の法にも限界はある。例えば犯人が国外逃亡して日本の法律が及ばない場合だ。 「心霊現象規制法施行規則の第1条第2項に『呪殺は、当該怨霊が直接に死に至った犯人について、現世において多数の目撃者があるなど確実に犯人と思われる人物が、時効期間を超えて逮捕に至らずかつ、時効から3年以内の場合に1度だけ試す事が出来るとする』とあります」  なので、霊側にも配慮するという形で、そういう条項があるのだ。  だが、今回の場合は……。 「……うーむ、なるほど。周りに目撃者は、なし……と。そうなると『呪殺』の正当化は難しいですねぇ」 俺はソファーから立ち上がり、メモ用の小型ノートPCを持ってきた。 「では、事件当時の詳しい話を伺えますかな? 捜査当局に情報を提供して、犯人逮捕の迅速化を図れると思いますよ。まず、生前のお名前ですが……」 『死人に口なし』なんて言われたのは過去の話だ。今は心霊木槌(ガベル)の力を借りて『死人』から直接話が聞けるから、警察の捜査も楽になったと言える。 「……はいはい、これで状況は分かりました。これだけハッキリしていれば犯人逮捕も早いでしょう。……え? 『何か思い知らせてやりたい』ですか。そうですねぇ……」 これは難しいところだ。変に知恵をつけさせると、それを悪用される恐れが出てしまう。 「逆に何か『これはどうか』みたいな案はありますかな?」 《……。》 「なるほど。折角幽霊になったのだから『うらめしや』と出てみたい……と。ですがその場合、元彼氏の霊感が強くて『何を言っているのか』が分かってしまうとアウトなんですよ。あと、姿もハッキリ認識出来るのもダメです。……何か他には?」 《……。》 「ふんふん、『背後から息を吹き掛ける程度ならどうか』ですか。それなら割と規制は緩いですよ? 施行規則第3条に、『衣服又は身体を動かさない程度とし、被害者1人につき1回まで3秒以内』とありますから、場所やシチュエーションを吟味すれは、効果はあると思います」 若い女の霊はそれで納得したようで、《犯人逮捕をお願いします》と言い残して去って行った。 ……ルナは、最後まで席に戻って来なかったが。
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