突然の訃報

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突然の訃報

「……おい、いつまで隠れてやがる。とっとと仕事に戻れ」    『お客』が去った後、ミニキッチンの片隅でガタガタと震えているルナを呼びに行く。 「え? もう帰りました? もういないですよね? ホントに? ホントにいないんですよね?!」  ルナはそうっとミニキッチンの端から顔を覗かせて、恐る々周囲を何度も確かめた。 「全く……何だよ、そのへっぴり腰は。仮にもウチは心霊現象専門の法律事務所だぞ。つーか、何のためにお前を10時に呼び出したのか分かってんのか? さっきのお客と俺が話をする時の『現認』として立ち会わせるためだぞ」  とは言うものの、ルナに『霊の隣に座れ』というのが無理なのは重々に知っている。だから『現認したことにする』として書類を作るしかないのではあるが。 「冗談を言わないで下さい! 『霊と一緒に話を聞く』なんて、死んでも出来ませんよ!」  涙目になりながら『いないだろうな』と疑り深く辺りを見渡し、慎重に椅子に座り直す。 「そもそも! 心霊裁判官以外の人間に『霊が喋っているのが分かる』のは問題じゃないですか! だからこれは……そう! 霊を過度に犯罪認定しないための、温情なんです!」  無茶苦茶な論理を振りかざしながら、ルナがまだ震えが止まらない指先で書類整理の続きを始めた時だった。  プルルル……。  外線電話の音に、ルナがビクッ!として身体を縮こませる。 「……アホか。『メリーさん』じゃあるまいし、電話掛けてくる霊なんていねーよ。おら、さっさと出ろ。少しは役に立て!」  呆れながら、俺は自分の机に戻る。 「は、はひ! あの、こ、こちら鬼主法律事務所……」  まるで社会人一年生みたいにド緊張しながらルナが受話器を握りしめた。 「はい……はい……ええ、そうですが……」  途中から、少し雲行きが怪しくなっている。どうやら『依頼』ではないようだ。何しろ声が『嫌そう』じゃない。 「ん?どうし……」  手を止めて頭を上げるのと、ルナが受話器を耳から離すのは同時だった。 「あの……『的梨(てきなし)』さんと仰る年配な感じのする女性の方からです。『鬼主さんをお願いします』と……」 「的梨と名乗る女性……こっちに回せ」  嫌な予感がして、すぐに手元の内線電話のスイッチを押す。 「……どうもご無沙汰しております。鬼主です。……はい、はい。そうですか……」  電話口に聞こえる声は、淡々として気丈に振る舞っているように感じる。彼女の旦那は病を得て長かったから、それなりに覚悟はしていただろうが。  それでもショックが無いという事はあるまい。 「……分かりました。では、また後ほど伺います」  メモを取り終わり、俺は電話を切った。ふぅ……と、深くため息を吐いてレザーチェアの背もたれに上半身を預ける。 「何の電話だったんです?」  俺の顔をルナが心配そうに覗き込んだ。 「今の電話をくれた女性は、心霊裁判官として俺の恩師であり先輩だった的梨雄一郎先生の奥さんだよ。的梨先生は現役を引退してもう10年以上経っていて、ここ数年は病気で臥せっていると聞いて心配はしていたが……昨晩、亡くなられたそうだ」  ギギ……と、レザーチェアのヒンジが悲しい音を立てる。 「そうですか……それはご愁傷様です。それで今晩がお通夜で?」 「ああ、そうらしい。今晩がお通夜で、明日の10時に葬儀だそうだ。正直なところ憂鬱で葬儀に顔を出すのも気が乗らんが、直弟子の俺が顔を出さない訳にもいかんしな。仕方ねぇ、今から行ってくるから後を頼んだぞ」  重たい身体を椅子から持ち上げ、俺は帰宅の準備を始める。 「わ、分かりました。ところで、この後は何か予定が入ってましたか?」    ルナに尋ねられ、俺は「そう言えば」とポケットから手帳を取り出してページをめくった。 「予定か……。ああ、そう言えば13時に次の『(きゃく)』が来る予定になってい……」 「そ、それだけは絶っっっ対に済ませてから行って下さいぃぃぃ!」  全力で俺の袖口を握るルナの絶叫が、事務所に響いた。
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