突然の訃報

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 的梨先生の通夜は、大勢の弔問客でごった返していた。  何しろ先生は現役時代に心霊裁判官として勇名を馳せた著名人であり、心霊庁の中枢部とも太いパイプを持つ重鎮なのだ。その死は心霊裁判界全体の大きな損失と言っていい。 「……いっぱい人が来てますね」  ルナも驚きを隠せない様子で辺りを見渡している。 「そりゃそうだ、何しろ偉大な人だったからな。今の心霊現象規制法が成立して間もない頃から活躍されていて、その条文や過去の判例判断とか全て頭に入っていたほどでな……実を言うと俺の持っている心霊木槌(ガベル)は、的梨先生が引退した時に、俺に形見としてくれた物なんだ」  俺の腰に今日も吊り下げてある心霊木槌(ガベル)をそっと手にとる。 「そうだったんですか……」  年季の入った心霊木槌(ガベル)をルナがまじまじと見ていると、そこへ訃報を知らせてくれた的梨先生の奥さんが顔を出してくれた。 「今日はわざわざ有難うございます。鬼主さんもお変わり無く」  そう言って、深く頭を下げる。 「いやいや、とんでも無いです。何しろ、突然の事で俺も驚いてまして……ご愁傷様でございます」  明らかにやつれた白い顔に、思わず唇を噛む。 「ところで……」  的梨先生の奥さんがルナの方を見やった。 「こちらの可愛らしいお嬢さんは? もしかしてご結婚を?」 「はい?! いやいや! この役た……じゃなくて彼女は俺の助手を務めてくれている所属弁護士です」  驚いて、一瞬『言い慣れた』呼び方をしそうになり、慌てて口にブレーキをかける。 「あ、は、はい! 私、鬼主法律事務所で所属弁護士をしている犬屋敷ルナと言います。あの……本日はご愁傷様です。鬼主先生の恩師と伺いましたので、私も是非、お悔やみをと思い……」  少し申し訳なさそうに下げるルナの後頭部を、俺は多少『イラッと』しながら睨んだ。  ……こいつめ、平気で大嘘をつきやがって。そうじゃねぇだろうがよ。  明日の午前中は葬儀に出るので、俺は事務所に行く事が出来ない。  そこでルナに『おい、明日の午前中は留守番を頼むぞ』と頼んだら『は? 何を言ってるんですか! 鬼主さんがいない間に『(きゃく)』が来たらどうするんです! ここは臨時休業でしょう?! 私はテレワークさせて頂きます!』と全力で断りやがったのだ。  そのため、出来上がった書類に署名捺印をとるのに渋々やって来たというのが真相である。……お前のワガママなんだから、残業代と交通費は払わんからな。 「それはそれは……わざわざ有難うございます。いい助手さんに恵まれて、鬼主さんもさぞかし活躍されているのでしょう。死んだ主人も嬉しく思っていますよ、きっと」  奥さんはそう締めくくって、次の弔問客への挨拶へと向かった。 「ち……っ! 役立たずのクセに外面だけはいいヤツめ。何でお前が俺の配偶者に見えるんだよ、まったく! ほら、さっさと書類を出せ! サインしておくからよ」  近くのテーブルに香典返しの入った袋を置き、喪服のポケットから万年筆を取り出す。 袋に入れた挨拶状の『○△6年7月1日 没 享年85歳』の文字に心が痛む。 「はぁ?! 何を言ってるんですか! 私だって、こんなデリカシーのデの字もないようなパワハラ・心霊ハラ上司なんて願い下げです!……はい、これです、ここ!」  ムっとして頬を膨らませながら、ルナがバッグから書類を取り出して署名欄を指差した。  その晩。  奥さんは『結構ですから』と言ってくれたが、俺としては何となく『じゃぁお願いします』と言い難く、閑散とした式場に残る事にした。奥さんには一休み頂いて、俺は祭壇に供えられた蝋燭の番を買って出たのだ。  すっかり暗くなった周囲に、蝋燭の紅い火が2つ。チョロチョロと静かに燃えて辺りをほんのり照らす。  偉大な恩師は白い桐の箱に収まり、何も言わずじっとしている。    的梨先生が現役で、俺がまだぺーぺーとして後から着いていた時分には散々世話になったものだ。  『心霊裁判官』としてデビューした時には、アガりまくって途中から手順がどうなったのが全く覚えていない。的梨先生のフォローが無ければ、そのまま霊に逃げられていたかも知れないと思うと今でも申し訳なく思う。  もう語り合う事も出来ない、懐かしい思い出の数々に数珠を握りしめる。  ……異変は、その時に起こったのだ。
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