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……くそぉ、このままでは!
心が焦るばかりで決定打が浮かばない。
「な、何なら、『声掛け』ってのもありますよ? 会話の内容が明瞭に聞き取れるのなら……」
《ハハハ! それこそ無理があるわ! それは『一般人相手』の話だろう? 君は心霊裁判官だから、『例外』だ!》
……確かに、その通りだ。参ったな……。
次のセリフに詰まった時だった。
「……今、そっちの方で話し声がしたような気がしましたけど」
式場の廊下をバタバタと歩く足音がする。複数だ。
「ええ、何かが落ちるような音もしましたし。鬼主さんが式場にいると思うんですが……」
……あの声は!
よしっ、しめた! あの声は奥さんと的梨心霊法律事務所の所属弁護士である御手洗弁護士だ! これで先生の『霊声』を聞かせて『罪状』を確定させれば、その場で心霊裁判を開廷出来る! これでこっちの勝ちだ!
《おっと! これはいかんのぉ!》
流石に不利を悟ったのだろう。こうなるといくら先生でも分が悪くなる。まして先生は現役時代、奥さんに頭が上がらなかったというし。
『死体』は慌てて棺に戻り、自ら棺桶の上に蓋を被せる。
……まったく! コントじゃあるまいし、自ら蓋が閉まる棺桶なんて初めて見たぜ!
「あの……どうかしたんですか?」
奥さんが式場に顔を出す。……うーむ、何も言わずそっと入って来てくれれば、或いは何とかなったかもだが。
「いえ……何でもないです。私も少し席を外して……今戻ってきたところですが、特に異常はなかったかと」
ポケットに入れた左手で、俺は心霊木槌を握りしめた。
「そ……そんな事があったんですか!」
次の日の午後、事務所に戻った俺の話をルナが呆然と聞いていた。
「ああ……まぁな。厄介な事だぜ」
机の上に鞄を置き、レザーチェアに身体を投げ出す。
「そもそも『心霊現象規制法』ってなぁ、それほど長大な法律じゃぁない。何しろニッチな分野だからな……だがら『穴』を探そうとするならどうにでもなる部分があるんだよ」
心霊現象規制法は本体の条文で10条、下位の施行令で3条、その下位に当たる施行細則で5条という短さだ。まるまる覚えようとしても、それほど大変ではない。
「そういう『穴』?が問題になる場合って、どうするんです?」
ルナは玄関先で俺の到着を待ってから一緒に事務所に入って来たので、俺と同時に仕事の準備に取り掛かっている。どうでも留守番はイヤらしい。
「そういう場合は過去の『判例』が問題になるんだ。最初に示された判例がその先にも適用されるんで、それだけ『前例のない判決』には慎重に対処する必要があるんだが……そういう『判例』は山程あって、これが覚えきれるモンじゃねぇのさ。だが、心霊木槌は法の条文や過去の判例に照らして正当に判断をしないと『不当判決』として効力を発揮しないからな……」
心霊木槌は霊力で心霊庁とWi-Fiよりも強力に常時接続されている。そして、心霊庁のデータベースに照らして効力発生の有無を判断しているのだ。
「その点、的梨先生は抜群の記憶力でそれらをよく覚えておいででな。簡単に歯が立つ相手じゃぁないんだよ」
愚痴を言いつつ、PCの電源を入れる。
昨日の仕事の続きをするべく、ファイルを開けようとした時だった。
「おや……?」
ふと、表示されるプロパティに目が止まる。
「どうしました?」
ルナがこっちに向く。
「……お前、俺がいない間にPCを触ってないよな?」
「はい? そんなの当然じゃないですか。鬼主さんがいない事務所に1人で入るだなんて、それこそ死んでも出来ませんよ」
何を当たり前の事を、と言わんばかりにルナが顔をしかめる。
……ま、そりゃそうだろうな。
「それが何か?」
「……ファイルのアクセス履歴の最新日時が、『今朝』になってやがる。誰かが、俺のファイルを勝手に覗き見たんだ」
「ええ! ど、泥棒……じゃ、ないですよね……はは……」
ルナの顔から血の気が引く。
「ああ……泥棒じゃぁない」
そう、心当たりがあるとしたら、それは『1人』しかいない。いや、『1体』と言うべきか。
「的梨先生、俺に喧嘩を売る気か……」
今更ながら、俺の指先に震えが戻ってきた。
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