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心霊裁判開廷!
深夜、照明の消えたマンションの一室。
そこに満ちる霊気は禍々しく、寒々しく。まるで剣山を突き立てたかのように肌をヒリヒリと刺激する。
どんよりと纏わり付く重たい空気は、剥き出しの恐怖心を鷲掴みにでもされるかのようだ。
むせ返るような霊気の『濃度』に、リビングの壁が歪んで見えるかのような錯覚すら覚える。
「出たか……かなりの『大物』怨霊だな。久しぶりに見たぜ、これぼどの相手はよ……」
俺は辺りを見渡して、『被告』を探した。
「いたな……あれか」
部屋の隅で、じっとこっちの様子を伺っている怨霊がいる。霊視能力の低いヤツならともかく、俺にはその姿がハッキリと見えている。
「よし……んじゃぁ始めるか。『原告』さん、始めますよ? ……おい『役立たず』、聞いてるか? 始めるぞ!」
腰に下げた心霊木槌を左手に持ち、俺の背後でガタガタと震えている女二人の方へチラリと視線を送る。
「お……お願いします!」
「は、はひぃ!」
一人は『原告』つまり被害者。そして呂律が回ってないもう一人は、役に立たねぇ俺の『助手』だ。
心霊木槌を真っ直ぐ前に構え、両肩を強く張って胸をそびやかし、大きく息を吸って宣誓を始める。
「これより、『心霊裁判』を開廷する!」
開廷宣言に呼応して俺の心霊木槌がまるで蛍のように鈍く青い光を放ち始めると、混沌に堕ちた周りの空気が、まるで凍結したかのように『止まった』。いつ何処から襲いかかってくるか分からなかった程に不気味な霊気が、その場にガッチリと鋲止される。
「罪状! 当該怨霊は、20xx年6月24日、当マンションの同部屋において原告が飾り棚に置いた『絵皿1枚』について、その心霊力を用いて約5センチ動かし、かつ、棚から落下せしめて棄損させたものである!」
怨霊は何とかこの場から逃れようとしているみたいだが、心霊木槌の霊力が働く空間は絶対だ。如何なる強力な怨霊と言えど、それに従うしかない。
何しろ被告となる怨霊が心霊裁判に立ち会わなくてはならないのは、心霊現象規制法第6条第2項に定められた義務(※)なのだから。
「根拠法の宣告! 同心霊現象は、法第3条の『過度な心霊現象の禁止』において規制される、同施行令第1条第3類『物体の移動』に該当する!」
『次』に備えて、俺は心霊木槌を軽く宙に放り上げる。心霊木槌は怨霊の真上で静止した。
そう、いつも通りの手順。
「……当該法施行規則第3条において、同現象は『物体の移動は、当該物体を破壊しない程度で、かつ、その移動距離を元の位置から3センチ以内としなくてはならない』と規定されている。よって当該心霊現象は『有罪』と認定される!」
心霊木槌が一際大きな光を放ち始め、まるで空気を孕んだ風船のように膨らんで怨霊の真上にどっしりと構えた。
「『弁明の機会』を与える! 被告怨霊は、当該認定について異義申し立てがあればそれを述べよ!」
《グォォ……!》
叫びとも声ともつかないビリビリとした振動が部屋に満ちる。
「助手ぅ! 仕事しろ、おらぁ!」
オレの背後で被害者にしがみついている『役立たず』に『宣言』を促す。そう、これは大事な『手続き』なのだからサボりは許されない。
「は、はひぃ! 『被告怨霊から、明確かつ正当と認められる異義はありませんでした。よって、当該心霊裁判は全ての手続きを正当に済ませたものと認定します』以上っ!」
涙目になって震えながらも、助手のルナがどうにか『宣言』を唱えた。
「判決を下す!」
俺は右の人差し指を怨霊に向かって突き立てる。
「よって、当該怨霊を法第10条の罰則規定に基づき、『封印100年』の刑に処する!」
次の瞬間、巨大化した心霊木槌が真っ逆さまに怨霊目掛けて振り下ろされる。
ズン……!
心霊木槌の放った霊気が、その打点を中心として航跡波のように部屋を渡る。
その下には、怨霊が閉じ込められた短冊状の白い『封印紙』だけが残った。
(※ スター特典『心霊現象規制法 条文』参照 以下同じ)
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