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魔術師
彼は完璧に近い人間だとわたしは思う。
行動力があり、常に自信に満ち溢れている。
知性的で、精神的にも安定している。
多くの人間に慕われ、暖かい家庭もある。
長年の夢を仕事にし、収入も悪くない。
わたしはどうだ。
勇気も自信もなくて、いつも口ばかりで行動に移せない。
愚かさには自分でも呆れてしまう。些細な事で沈みやすくて浮上しにくい。
友人はごく僅かで、恋人なんていた試しがない。家族愛? クソ喰らえ。
低賃金でやりがいのない仕事は、いつまで続ければいいのだろう。
ああ、何で不公平なのだろう! 彼は輝いているのに。
ああ、憎々しい!
何であいつが! 何でわたしは!
おや、彼がやって来る。その目はこちらを向いている。持つ者が持たざる者に、何の用があるというのだろうか。
彼はわたしに気付くと、睨むように見据え、わたしが至近距離まで来ると身構えた。
「何の用だい」彼は憮然とした様子で言った。「哀れなわたしを茶化しに来たのかい。それとも自慢したい事でも?」
ああ……そう言うと思った。
「君はいいよなあ、本当に幸せそうだ。どうして何もかもを手にしているんだ。どうやったんだ。ひょっとして魔法使いか何かなのか。なんてな……」
努力したんだよ。わたしがそう言うと、彼は怪訝そうな顔をしたが、わたしは構わず続ける。
努力したんだ。馬鹿にされたり、他人と比べてしまったり、落ち込んだり、辛くなったり、虚しくなったり……色々あった。途中で投げ出そうとした事だって数え切れないくらい。
それでもわたしは結局、諦めなかった。止まらなかった。運命の女神様よりも自分を信じた。そのお陰で今がある。
え、まさか君、わたしが生まれ付き才能に恵まれ、何の努力も苦労もせず、それこそ魔法みたいにあっさり夢を叶えただなんて、本気で思っちゃいないよね。
ああ、そうだよね。思っちゃいない、でもにわかには信じられないんだよね。
未来の自分が、理想の輝かしい人生を送っているだなんて。
大丈夫さ、君の人生、まだまだこれからだ。君自身がそう言っているんだ、間違いないよ。
変わりたい、変えたいって本気で願い続け、そのために少しずつでも動き出せばいいんだ。他人より遅くても気にしなくっていい。続ける自信がない? そんな心配、まずは動いてからするべきさ。
なあ、過去のわたし。
彼は消える直前、怒ったような泣き出しそうな、そしてちょっと笑ったようなヘンテコな顔をしていた。うーん、やっぱりまだ信じられなかったかな。
また会おう、過去のわたし。
今度会う時君は、今のわたしそっくりだろうか。
いや、今のわたしは、未来のわたしにそっくりなままだろうか。
そうであってほしい。
その時が楽しみだ。
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