なにかが甘くてたまらないのです

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★ 午前九時。 ここは大手マーケティング会社、ブロードHSJの美容広告部。 さすがに美容品の宣伝で人前に出る仕事だけあって、オフィスにはお肌つやつやの綺麗なお姉様が勢揃いでございます。 みなさん、メイクのテクニックもさることながら感心するほどお肌の手入れが行き届いています。化粧水って現代の聖水なんですね。 夏はいよいよ本格的になっていますが、お姉様たちのお肌は蚊が着地することすら許さないでしょう。止まってもツルリと滑り落ちてしまうことうけあいでしょうから。 けれども皆さんお忘れでしょうか、ここに見事、例外に該当する社員が一人います。 田村すずです。 はい、自己紹介終わり。わたしのことなんて、もう忘れていただいて構いません。 つい先月、非正規雇用社員として派遣されてきたのですが、これでも当初は憧れていたのですよ。 美容広告部に配属されたので、わたしのほっぺを陣取る大人二キビたちも恐れをなして逃げ出してくれるのではないかと。 だけどスイーツのような甘い現実があるはずはありません。門前の小僧習わぬ経を読むといいますが、美容に関わる職場で勤務したからといって、勝手に美肌になるはずはありませんデシタ。 正社員の綺麗なお姉様がたと比べてしまうと、立場だけじゃなくて肌質も顔のラインも、わたしはみーんな残念です。今日も明日も明後日も、背後霊のように劣等感がつきまとうことでしょう。 わたしは狭い肩身で、隅っこのデスクのお地蔵様となり、黙々と書類整理を開始します。今日一日も、生きるための仕事、仕事です。美しくなりたいという願望はさておいといて。 そこで甘くて柔らかい、日渡主任の声がフロアに響きました。 「皆さん、おはよう」 「「「主任、おはようございまーす!」」」 まっ黄色な返事が飛び交います。わたしは気づかれるか気づかれないか程度の小声で主任にご挨拶。
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