なにかが甘くてたまらないのです

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★ 午後一時半。 「田村さん、急いで集計しなくちゃいけない収支報告があって、優先して処理してほしいの」 そう言って優雅な物腰で書類一式を渡してきたのは正社員の美人さんでした。立場的にもオーラ的にもわたしは無抵抗、即答です。 「あっ、はい、構いません。何時までですか」 「四時までに仕上がるかしら」 「あと二時間半ですか……」 急な用件でもわたしは要求通りに対処しなければならないのです。皆様のサポート、それがわたしの生きる道。 「とにかく急いでお願い、最優先でやってもらえるかしら」 「了解しましたー」 わたしは書類を受け取り、一通り目を通してから、雛形のエクセルファイルに数字を記入してゆきます。パソコン操作は慣れた作業ではありますが、結構な量がありましたのですぐに終わりそうにはありませんでした。 間違いがないか検証する時間を含めますと、急いでこなせば制限時間にはなんとか滑り込みセーフとなりそうな感じでした。 ところが今日のわたしは肝心なことを忘れていたのです。 午後三時が近づくと日渡主任は冷蔵庫を開け、持参した紙袋を中から取り出しました。 そう、これから、金曜日恒例の、主任による、綺麗なお姉様がたのための、華麗なるスイーツイベントが始まってしまうのです。 しまった。この場から姿を消しておくつもりだったのに。もしも今、この場を去ってしまったら作成した報告書の確認作業の時間がなくなってしまいます。ざらっと記入した書類を提出して単純なミスが発覚したら、派遣の首は雲の向こうに飛んでいってしまうかもしれません。 わたしは覚悟を決めました。 ここは気づかないふりをしてやり過ごすしかない、と。
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