なにかが甘くてたまらないのです

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★ 午後三時半。 フロアーにはようやっと静寂が戻ってきました。 悲しみに打ちひしがれ、満たされない心と別腹をなだめる時間は過ぎ、わたしはまたいつも通り自分の仕事に戻ります。 がらんとしたフロアの中で一人、残りの仕事をやっつけるべく、パソコンの鍵盤をがしゃがしゃと鳴らしていました。 キーボードの奏でる無機質な打鍵音でさえ、わたしを憂いているように思えてしまいます。 結局、依頼された仕事はなんとか終えることができました。それがわたしの本日のすべてでした。 そう、今日はスイーツとかそういうイベントはなにもなかったのです。そういうことにしておきましょう。 そのとき、近づいてくる足音にわたしは気づきました。音は背中で止まり、頭上から声がかかります。 「……手が空いたら食べる?」 はっとして振り向き見上げると、声の主は日渡主任で、手中にはフルーツが盛り付けられた切子のグラスがありました。 「忙しそうだったから声をかけられなかったんだけど」 わたしは思わず言葉を失います。わたしの分を取っておいてくれたことも嬉しかったですし、一番高級なグラスに盛り付けていてくれたことも。 わたしは目を凝らしてグラスの中を覗き込みます。 淡いクリーム色のバナナ、鮮やかな黄色のパイナップル、白と緑のコントラストが映えるキウイ。てっぺんにちょこんと載せられた佐藤錦は主役でありながら上品なたたずまいのオレンジ色で、それらの鮮やかなコントラストがなおさら魅力的でした。
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