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11、草原の国の使者②
衛兵たちはいつまでも下馬しようとしないパジャンの男たちを城門の外へ押し出そうとした。
向けられる槍先に、馬が引き裂くようないななき声をあげた。
後ろ脚で立ち上がる隆々とした筋肉と、向けられた刃に怒る様相は、その馬が軍馬だということを物語っていた。
衛兵たちはごくりと生唾を飲み下し、槍を握りなおした。
無礼な異国の使者を追い払うか、丁重に招き入れるのか。
既にアデールの衛兵たちは、刃を向けてしまっていた。
まだ通訳は来ない。
ロゼリアは緊迫の状況に横から割り込み、声を掛けた。
国際問題になりかねない状況だと判断からだった。
ぎょっとした衛兵たちの態度は無視をする。
馬上の男もマスクの下からロゼリアをにらみつける。
一部の衛兵たちは小さく息を飲んだ。
姫さまだ、、と口なかでつぶやく声が聞こえる。
ロゼリアが誰だかわかったようだった。
こっそりと町へ出かけるつもりだったが、ロゼリアももう気にしてはいられない。
「パジャンの方々、わたくしがご無礼にも申し上げるのをお赦しください。
当アデール国の習わしでは、城門の内側では下馬をしないと通ることができないことになっております。
上から見下ろすのではなく、貴きも卑しきも、皆同じ視線で物事を見ようということなのです。ご理解いただけますでしょうか」
「そういうことなら、、、」
ふたりの男は顔を見合わせると、長い脚をまわしてさっとおりた。
軽くてきびきびとした動きは明らかに森と平野の男たちの者ではない。
ロゼリアは話したのはパジャン語。
得意ではないが、一通りの外国語は学んでいる。
心が通じるものであることにほっとする。
さらにロゼリアは言う。
「それから、お顔のスカーフをずらしてくださいませ。王城内で顔を隠すのは病気や医療関係などに限られております。普段何事もないのであれば、そのお顔を見せるようにしてくださいませ。
何か宗教上の理由や、顔を覆わなければならない理由が別にありましたら教えてください。理由のある方への当然の配慮をいたします。
衛兵たちが息巻いているのは、馬上から降りられなかったことと、その覆面のようなスカーフのせいでございます」
「なるほど、それは申し訳ない。宗教でも顔に傷があるわけでもない。冷たい風を吸い込んで、喉をやられないための普段の養生法のようなものだったのだ」
先頭の男は申し訳なさそうにいった。
ふたりはスカーフを下げ、顔を表した。
思ったとおり、40代の褐色に日焼けをした男と、若い男。
ロゼリアよりも年上かもしれないが、20代はいかない。
ようやく衛兵たちは緊張を解いた。
闖入したロゼリアが誰だかわかる衛兵が、姫さまだ、と仲間たちに小さくささやいている。
ロゼリアは彼らを無視した。
「ご用向きをお伺いしてもいいでしょうか」
通訳がくるのにまだ間があるようである。
最低限聞いておかなければならないことを城のものに伝えるためにロゼリアは聞く。
後ろでフラウがはらはらしているのがわかる。
男たちは名乗った。
パジャン国王の使いの者であるという。
王の側近とその従者というところだろうかと見当をつける。
ちらりと若者を見るが、彼はじっとロゼリアと男の会話を聞いている。
城内では存外に通訳を探すのに時間がかかっているようだった。
草原からの客がくることを想定していないかったのだ。
ここで立ち尽くして待つというのもおかしな図である。
ロゼリアはいったん来訪した客人が腰を下ろす待合へ案内することにする。
「郷に入りては郷に従えと申しますから、風習の違いにはお気を付けください。それと当方からの同様にパジャンでは失礼にあたることもどうどうとすることがあるかもしれません。その時にはその場でおっしゃっていただけると、ありがたいのですが。勉強不足で申し訳ございません」
ロゼリアは言う。
このパジャンの男たちがマスクを不作法だと思わなかったように、逆のパターンもあるかもしれなかった。
「あなたは、通訳ではないのか?」
先頭の男はロゼリアを気に入ったようである。
「通訳ではございません。たまたまあそこに居合わせまして。まさか草原の国からいらっしゃるとは思いもしませんでした」
ロゼリアが言うと、はじめて後ろの若者が口を開く。
「どうしてそう思うのか?」
「どうしてって、この何年も交流はございませんし、アデールは森と平野に属しておりますし、、、」
「アデール国は、中立国だろう?エール強国の正式な傘下には入っていないはずだ」
はっとロゼリアは冷や水を浴びせられたような気がした。
背筋がこれ以上ないほど引き締まった。
敵国からの使者が乗り込んできたという意識を持ってはだめなのだ。
アデールは、双方に接するために、表向きはどちらともに味方をしない中立国を保っているのだった。
だが実質は、その土地柄、エール国よりといえるのだが。
パジャンの使者の訪れは王城内部まで、困惑と混乱をさざ波のように伝えている。
案内をする先の待合に扉を開けると、すでにその騒ぎを耳にしているエール国側の使者たちは顔を青く緊張させ立ち上がった。
ロゼリアが招き入れる革と毛皮の男の二人を異様な目つきで注視する。
腰の剣にさりげなく手を置く者たちもいる。
「その通りでございます。アデールは中立国。どちらよりでもございません。ですから、ここでは何事も起こりえませんのでご安心ください」
ロゼリアは大人しいという評判の姫には似つかわしくはないとは思うが、大きく響く声で言った。
エール国側の使者たちにも、アデールの衛兵たちにも意味が届くように。
そのときようやくばたばたと走ってくる騎士たちの足音がする。
タイムオーバーだった。
彼らに見つかりたくはなかった。
ロゼリアがここにいることを知られると、また今度は他国の使者を迎える謁見の場で、笑顔を張り付けて迎えなければならない。
ロゼリアは、彼らをそこに残し退席しようとする。
「あなたは本当に通訳ではないのか?」
若い男が去ろうとするロゼリアに声を掛けた。
「通訳ではございません」
「あなたのパジャン語は、とても流暢で美しい」
ロゼリアは褒められて顔が緩んだ。
「ああ、言葉を学ぶ意味を今日ここでようやく分かりました。不要な軋轢を生まないためだったのですね。学んでいたことを良かったと思います」
「あなたの名前を教えてほしい」
緑の目の男が不意に口にした言葉は、その場の誰もがわかる森と平野の言葉。
ロゼリアの足が驚きにぴたりと止まる。
「言葉が、わかるのですか!」
「衛兵たちがあまりにも無礼な扱いだったので、申し訳ないと思いつつ、言葉を理解できないふりをさせてもらった」
「ふりですか、それは思いもしませんでした」
くすりと緑の目の若者は笑う。
「知らないふりが一番、物事を理解するのに有効なのですよ」
騙された怒りを通り越して、パジャンの草原の民はなんて誇り高くて高慢な者たちなのだろうと思う。
城門で衛兵との一件は、ロゼリアが介入しなければ一触即発なところまでいっていてもおかしくない状況だったのだ。
「女性に名前を教えて欲しいというのは、失礼に当たりますよ」
「失礼ですか?」
ロゼリアはうなずいた。
「あなたのことを一目ボレいたしました。どうかあなたの一部だけでも、せめてあなたそのものでもあるそのお名前だけでも、わたしにくださらないでしょうか、的な感じに聞こえます」
新緑色の目を丸くしてまじまじとロゼリアを若い男はみた。
ぷはっと吹き出した。
大人びた雰囲気は吹っ飛び、年相応の若者に見えた。
「惚れたって、それは面白すぎる。そんな風習があるのだな。なら名前がわからないなら、あなたをなんて呼べばいいのだ?」
パジャン語に戻っていた。
ロゼリアは首を傾けた。
「娘さん、お嬢さん、お姉さん、、、、」
ロゼリアは村娘がなんて呼ばれているかをあげていく。
「では、お嬢さん、、、」
緑の目の男は目元を緩ませ、何かを言いかけた。
だがそれはどかどかと踏み込んだ騎士たちに阻まれてしまう。
王騎士のセプターがロゼリアを睨んだ。
あきらかに、あなたは今、王子ではなく姫なのですよ、と脅すような諭すような目をしている。
だが懸命にも王騎士セプターはロゼリアを呼ばない。
ロゼリアと緑のパジャンの若者の間に盾を差しはさむように自分の体を割り込ませる。
パジャンの男たちの突然の訪問の真意がわからないから、国内のことなど欠片も教えるつもりがないのがその態度に現れていた。
そして、この時期の突然の訪問は、姫を嫁に欲しいとの結婚の申し込みだろうと容易に想像ができることである。
なら、なおさら、お前たちが欲しがるアデールの姫が、お前たちを案内したこの娘であると教えてやろうとも思わない、という頑なな態度であった。
「パジャンの使者さま。大変ご無礼をいたしました。パジャンの話を伺いたいと、王と王妃が待っておりますのでどうぞこちらへ、、、」
だが、態度はあくまで慇懃である。
ロゼリアの手はフラウに引かれた。
「お疲れさまでございます。何事もなく無事に収められてさすがございます。外交のことは彼らにお任せいたしましょう。さあ、部屋にもどりますよ、、、」
そうして、ロゼリアはその午後は城からでる機会を逃してしまう。
かといって、当初の予定の外国からの祝賀に訪れた使者たちと、張り付けた笑顔で応対することもなかった。
ロゼリアは退屈さにため息をつき頬杖を突き、窓から聞こえてくる音楽やら楽しそうなざわめきに耳を傾けていた。
なぜなら、激怒したセーラ王妃により自室に閉じ込められたからであった。
ロゼリアは窓枠に頭を置く。
ひばりが甲高く鳴いている。
目を閉じれば緑の目にまだ見つめられているような気がした。
草原のあの若者はうまく謁見を済ませただろうか、彼らの王はどのような王か。
息子はいたかと思いを馳せた。
年齢の近い王子が何人かいたように思うが、内情の詳細はアデールには伝わっていない。
彼らから内情を聞き出せるかもしれないとあって、きっと歓待しているだろうと思う。
そして、彼らの王か王子は自分を妻にまで望んでいるのだろうか。
そもそもエールの使者も、ジルコンの結婚の申し込みを正式に伝えにきたのだろうか。
16歳でいきなり男から女にもどり、姫としてジルコンか、もしくは他の誰かと結婚する。
からだと心がちぐはぐである。
言葉つかいも気を緩めれば男言葉になっている。
こんな状態で、姫として結婚なんて無理がありまくりはないかと、ロゼリアは思うのだった。
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