13、ラブレター②

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13、ラブレター②

ロゼリア姫 16歳のお誕生日おめでとう アデール国の世継ぎの王子としての活躍も、姫の美しさも、ここエールにいても聞こえてきていたよ お祝いに駆け付けられなくて申し訳ない。 あの時のあなたの告白が子供の戯れ言ではなかったのなら、16歳になったあなたはもう元に戻っていることだろう もしくはあれは本当に子供の頃のたわごとだったのかもしれないね あの時に約束したことをあなたは覚えていますか? わたしは覚えているよ じきに迎えに行く 誰のものにもならずに待っていて欲しい 愛をこめて エール国第一王子 ジルコン 手紙を握るロゼリアの手がふるふると震えた。 エールの使者が持ってきた手紙だった。 あの時とは、一晩穴に落ち込んだ時のことを言っているのはわかる。 あの時のことを彼も覚えていてくれていたと思うと、顔に血が上ってくるような恥ずかしさがある。 「何を約束されたのですか?もしかして、結婚のお約束でもされていたのですか!? 待っていて欲しいって、いいですね!」 横から覗いて手紙を読んだフラウが目を輝かせた。 すっかりフラウは興奮し、浮き足だっている。 慌ててロゼリアはフラウを押さえた。 ロゼリアの目に飛び込んできたものがある。 他のものと比べて柔らかな紙であった。 パジャン国 ラシャール王子 「まあ。あの使者たちが持ってきていたのですね。やはり結婚の申し込みを、、、?」 フラウは自分のことのように声を低くしていう。 ロゼリアは封を解いた。 ふんわりとあのパジャンの若者から感じた異国のスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。 ロゼリア姫 百花の美しさも香りも、貴女の前では霞むという パジャンの熱い風とわたしのこの腕で 貴女を包みこんでしまいたい どうかわたしにあなたを慈しむチャンスをください パジャン国 ラシャール 文面の通りに読むことはできなかった。 この大陸を分割する二大勢力のエール国からもパジャン国からも、結婚の申し込みである。 その二強は、建前上中立を貫くアデール国を自分との婚姻を通じて完全に取り込もうとしていることぐらい、わからないロゼリアではない。 ジルコン王子の子供の頃の約束なんてロゼリアにとって意味あることだが、彼にとっては単なる口実にすぎないのだ。 他のラブレターは読む気にならなかった。 とうとうロゼリアに限界が訪れた。 手にしていたすべての手紙類を乱暴に机の引き出しに押し入れた。 フラウが驚くのも構わず立ちあがり、部屋を出た。 女達の階から、男たちの執務室や会議、謁見が行われる場へ向かう。 「ロゼリア姫だ、、」 「姫さまだ」 騎士や衛兵、文官たちがスカートのすそを翻して大股に歩くロゼリアを見て、驚いて道を空ける。 ロゼリアの前の道を開けようとした、若い王騎士の一人の腕を捕まえた。 捕まえられた王騎士セプターは、ロゼリアを見て顔を真っ赤にして狼狽えた。 ロゼリアは彼を知っているが、こんなに狼狽えた彼を見たことがない。 「アンジュ兄さまはどこです?」 「アンジュさまは、あちらに、、」 ロゼリアはすぐ行こうとして、思い止まった。 セプターに向き直る。 「セプター、この格好のわたしは女にみえますか?女装ではなくて?」 王騎士のセプターは、顔をさらに真っ赤にさせた。 視線をさ迷わせた。 先ほどのラブレターの束の中にセプターの名前があったことなど、ロゼリアは完全に失念している。 「ロゼリアさまはたいへん美しくていらっしゃいます」 「そう、、、」 ロゼリアは掴んだ手を離すと、セプターは目に見えてホッとする。 この格好はおかしくないようである。 だが、すれ違う者たちの態度がロゼリアには落ち着かない。 数週間前までは普通の態度だったのに、今は触れたら破れてしまうような腫れ物を扱う感じだった。 ロゼリアはアンジュを見つけた。 アンジュは目をまくるして、部屋に飛び込んできた妹を見る。 アンジュは数人と話をしていた。 ロゼリアと同じその顔は、連日の緊張にひきつり、疲労の色がにじみでていないか? 「ロゼリア?こんなところに姫は来てはいけないよ」 「午後から休みを取って欲しい!お願いだから!」 アンジュはその声に、ただ事ならない気配を察する。 「ロゼリア落ち着いて。話を聞くから」 「どこか二人きりになれるところに、早く。お願い」 ふたりはかつてロゼリアの部屋だった王子の部屋へなだれ込む。 そして二人きりになる。 胸と肩で呼吸をしながら、向かい合う双子は、鏡に写ったような自分の姿をそれぞれにみた。 ロゼリアの差し迫った様子のその意味がわからないアンジュではない。 ロゼリアの苦悩は、同時にアンジュの苦悩だった。 その限界が来ているのは、アンジュにも同様である。 ただそれを、耐え忍んでなんとかやり過ごそうとしたのがアンジュのやり方なら、ロゼリアはたまった感情を吐き出し、発散させることを選ぶ。 姫の制限の檻のなかで、のびやかで自由なロゼリアは、ぐつぐつと泡立ち爆発しそうだった。 ロゼリアはワンピースを脱ぎ捨て、アンジュの王子の上着をむしるように脱がせた。 「早くズボンも下も脱いで頂戴」 アンジュも腰ベルトを解きにかかる。 16の誕生日に、王子と姫を入れ替えたように、再び二人は鏡に映したようにそっくりの己の半身を見た。 本当の自分は、自分という魂がはいる器は、この目に映る容貌(かたち)の中のはずだった。 「きれいだロゼリア、、、」 アンジュは一糸まとわぬロゼリアをみてうっとりとしていう。 身体の熱を籠らせ、白い肌を内側から発光させ輝くばかりである。 それは泉に映る己の姿にうっとりするナルシスと同じもの。 互いに覗き込み合うその目の色の、青灰色ではあるが、ロゼリアの紫とアンジュのグレーが違うのみ。 合わせた指の長さも手の形も同じだった。 唇の形もそっくり同じ。 互いにキスをしても、それはまるで自分自身にキスするのと同じではないかとも思えるのだ。 ロゼリアは久方ぶりにズボンをはいた。 アンジュもロゼリアの衣装に袖を通した。 その顔から緊張感が抜けていく。 双子は再び入れ替わろうとしていた。 二人には、ほんの少し息抜きが必要だった。
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