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私の事情
今日は本当に疲れた。
よくわからないお化け、もといドッペルゲンガーと出会い、成仏をお願いされ、挙げ句の果てには「『この世界』の僕も大変なタイミングだから手助けしてあげて欲しいんだよね」なんて頼まれてしまった。彼の事情を聞いたら、手助けしてあげたい気持ちが湧いたのは確かだが。
一限目の授業の後、今日転校してきた高崎昴希の身の上話を、彼のドッペルゲンガーから聞いた。彼の母親が闘病の末亡くなり、すぐに父親の転勤が決まったそうだ。葬儀や転校手続に追われて、今日、ようやく登校初日を迎えた。
まるで自分の兄弟のことのように、心配そうな視線を送るドッペルゲンガーの意を汲んであげたということもあるが。そんな境遇を知った上で、一人黙々と頑張る男の子に対し、手を差し出さないわけにはいかなかった。少しくらい誰かの手を借りたっていいはずだ。
家へ帰ると、二階の自分の部屋へと駆け込む。色々聞きたいことがあるからだ、高崎昴希に。
「本当にありがとう! 君、態度や表情とは相反して、結構親切じゃないか!」
「あれ、こんな頑張ったのに喧嘩を売られてる?」
多分、悪意はないのだ。素で褒めているのだろう。この一日、彼と話していてド天然だということはわかっている。
「高崎くんの身の上話については聞いたけど、あなた自身のことは何も聞けてないんだからね。協力するからには全部話してもらうわよ」
「もちろん、こちらが頼んでいることだから、知ってることは全部話すよ。ただ、本当に生きている頃の記憶がないんだ」
困ったような顔をしながら、私のベッドへダイブした。
「ちょ……、人の布団に勝手に入らないでよ!」
「いいじゃないか、僕は幽霊なんだし。お年頃だなぁ」
そんな、おじさんみたいなことを言って……。のそのそと、ベットの淵に座り直す。
「そうだ、あなた何歳くらいに亡くなったの?」
「それもわからない。記憶があるのは並行世界を歩き出してからだけで……」
「今、私くらいの年齢だよね」
「うん、『この世界』の高崎昴希の年齢に応じて、僕も歳をとるんだ」
それでは、この姿を頼りに、彼が死んだ年齢を判断することはできないということか。何とか、彼を成仏させなければならないのだ。明らかに情報が少なすぎる。
「聞きづらいことだけど、並行世界の高崎くんは、何か事件や事故に巻き込まれて亡くなるの?」
「いや、僕が巡ってきた世界では、みんな寿命を全うして死んでいったよ」
彼は淡々と回答した。
「他の世界で特殊な原因で亡くなっているんだったら、そこから紐解いていけばいいと思ったんだけど。逆にどの世界でも、事件性のない人生を送っているってのが気になるわね」
「そう。どの選択肢を選ぶと僕が死ぬのか、皆目見当がつかないんだ」
「成仏」ができていないのだ。きっと何か未練を残しているはずだ。
「並行世界を巡ってきたって言っていたけど、今までどのくらいの世界を見てきたの?」
「千以上は見てきたんじゃないかな。最初はこんなに意識もはっきりしてなかったから、記憶が曖昧だけど。ただぼーっとしていると、いつの間にか僕が育って、死んでいく。それがひたすら高速再生されていく感じでさ。でもある時から、意識がハッキリするようになったんだ」
まぁ途中から数えるのが面倒くさくなって正確な数はわからないんだけどね、とヘラヘラ笑う。自分の死を何度も見るというのはどんなものなのだろう。考えるとゾッとした。
「そういえば並行世界の私は、あなたのこと見えなかったの?」
たしか、ドッペルゲンガーのことが見える人は、なかなかいないという話だったはずである。
「ああ、そうだ。僕も君の存在について聞きたかったんだ」
「え?」
「他の世界では、君はいなかったんだよ」
それってどういうこと?
他の世界では私は存在しない?
「僕にも原因がわからない。でも他の世界にいなかった君が僕のことを見ることができるっていうのが、何か成仏へのヒントにならないかな〜って思ってるんだよね」
「そんな期待されてもねぇ」
数多の世界を歩いてきた彼が、私と一度も出会わなかった。それは何を意味するのだろうか。
「他の世界との状況を比較できない以上、深掘りは難しいか」
大きな欠伸をしながら、ゴロンとベッドの上へ横たわる。
改めてまじまじと彼を見ると、実に端正な顔立ちをしている。男性的なかっこよさではない、人の良さが表れたような純真無垢な顔。きっと、彼は優しいのだろうと油断してしまう。そんなトラップ性のある、天然に持たせてはいけない顔である。
そんなことを考えている自分が少し恥ずかしく、照れ隠しに、ふぅっと息を吐き天井を見つめた。
私にとっても少し気になる要素がある。並行世界のドッペルゲンガーを成仏させること。この世界にしかいない自分の秘密を知ること。
試験後の夏休み。彼に付き合って、謎解きをしてみるのも面白い。今年の夏休みの課題は少々重ためだな。
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