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コンビニというのは、五分も歩けばすぐに見つかるものだと思っていた。十五分も歩かなければならないなんて……。
でもまぁ、転校早々に女子と二人で歩けるなんて、ちょっと嬉しい展開ではある。
少し茶色がかった艶やかな長い黒髪。細身のシャツに学校規定の赤いリボンを胸に携え、膝下まで伸ばしたチェック柄のスカートの 襞を品良く揺らす。
何故かわからないが、彼女は俺のことを気に掛けてくれた。
幸い、向かっているコンビニは家の方向で、この街に慣れていない俺にとっては大変ありがたい。
道中、この町のことについて色々教えてもらえた。一見、何もない田舎町のように見えるが、少し歩けばちょっとした商店街があるらしい。都内ではなかなか見ない昔ながらの惣菜屋も数店あるそうなので、むしろ東京にいた時より家事で楽ができるかもしれない。
なんだ、思っていたより全然いいじゃないか、田舎って。先入観で田舎の人間はよそ者に対して冷たいという印象があったが、そうでもなかった。クラスメートはみんな親切だし、こうして夜遅くになってもフォローしてくれるなんて……。
彼女も、おそらく担任教師に言われて夜遅くまで残ってくれたのだろう。正直テストまで二週間を切っている今、何も 縋るもののない俺にとって救いにも近い提案だった。
もしかすると、俺の事情を聞いていて、生活面のフォローを入れてくれたのかも……。なんか申し訳ないな。先生、どうして女子を選んだんだろう。なんというか……、性別による差別ではないのだか、より申し訳ない気持ちが増すではないか。
「喜堂、遅くまで学校で用事があったの? 今週に入ってからは試験前だから部活停止期間だって聞いたけど」
「う……ん。ちょっとね……」
――ん?
明らかに今、目線を逸らす素振りをした。
「テスト範囲でわからないところがあったから、先生に質問してたんだよ」
彼女はどうやら嘘をつけないタイプのようだ。左右に泳ぐ視線が、先ほどまでのクールな印象とギャップがあって、少し面白い。何か他の理由を隠していそうだったが、深掘りしないのが優しさなのではないかと思った。
「そっか。俺すっごく悪いタイミングで転校しちまったよ。転校早々、試験とかありえないよな」
「まぁまぁ、試験で出題されそうな問題を教えるから」
「結構余裕そうだな……」
「そんなことないよ。でも、もしかしたら今回こそは試験で出そうなところを当てられるかもしれないから……」
「今回こそは!?」
いつもはどうなんだろう。そんな信憑性の低い情報を信じて良いのだろうか。
「ところですっごく変な質問をしていい?」
「いいけど」
「高崎くんって霊感とかある?」
「え?」
本当に急にすっごく変な質問を投げかけてきた。
「寝てたら、自分とそっくりの顔が横にいたりしない?」
なにそれ、怖い。
「実はこの道もドッペルゲンガーの道って呼ばれててね、夜このくらいの時間に後ろを振り返ると、薄暗い闇の中でもう一人の自分が立ってるんだって」
あたかも、そこに誰かがいるかのようにすっと俺の後方を指差す彼女。思わず振り返るが、当然なにも居るはずがない。
霊感とかそんな話を初対面の人に振るか? もしかしたらこの女、結構ヤバイ人なのか。お近づきになってはいけない類の人ではないのか。
「いないけど?」
「――ですよねっ! 東京の人だから、こういったホラ話に引っかかるかな~と思ったけど、ちょっと甘かったかな!」
なんだ、からかわれただけか。
「高校生にもなってそんなオカルト話に引っかかるかっての」
「天暈市はお寺が多いから、そういうホラー話が 跋扈してるのよ。これからも色々な人にそんな話を聞くかもだけど、引っかからないようにね!」
「まぁ、ちょっとドキってしたけど。喜堂の言い方がやたらリアルだったから、つい振り返ってしまった」
「そう? 迫真の演技だったかしらね?」
そうこう話しているうちにコンビニまでついた。
「じゃあ、道案内もできたし。私は先に帰るね」
「ああ、ありがとう。ノート、明日返すからっ……!」
去りゆく彼女は含みのある表情を浮かべ、数秒の間を置き言葉を残す。
「その……、慣れない土地だからって、あんまり無理しないようにね」
振り返り様に舞う髪に街灯の光が輝き、彼女の振る舞いは凛としていて。少し、カッコいいと思ってしまった。
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