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「わたしのお姉ちゃんって、どんな人だったの?」
なんてことない質問だ。アルバムを開くとお父さんがいて、お母さんがいて、姉さんがいた。私のいない頃の喜堂家。一体どんな家族だったのか気になってしまったのだ。
懐かしい思い出と、帰ってこない姉さんのことを両親は話してくれた。私は、話の中の彼女しか知らない。私がいない三人だけの楽しげな生活を想像して、勝手に疎外感を覚えてしまった幼い私。この疎外感、埋めるためにはどうすれば良いのか?
(わたしだけお姉ちゃんに会ったことがないから、仲間外れに感じてしまうんだわ。だったら、会ってみればいいじゃない、お姉ちゃんに!)
パンがなければケーキを食べればいいじゃない。そんなノリで、できもしないことを解決策として持ち出したのだ。幼稚、考えが本当に稚拙。
そんな、小学二年生の頃の無謀な短い冒険譚を思い出していた。
当時、アニメの影響で、幽霊は当然のようにいるものだと錯覚していた。だから、何かしら自分側の環境を変えてみれば姉さんに会えると信じていたのだ。
どうすれば、姉さんに会えるのか?
特に深掘りもせずパッと思い浮かんだのは、神社仏閣だ。いかにも幽霊がいそうだ。どうせ行くなら、姉さんの墓のある寺が良い。
行った後のことなど考えていない。ついたら何がしか、手がかりが見つかるのでは? という、どこから湧いてくるのかわからない自信を頼りに意気揚々と向かう。
今思えば、この頃が厨二病全盛期だったのかも……。
息が切れるほど続く長い石段を登りきれば、少し朱色が褪せた鳥居が見えた。ちょうど夏休み真っ只中で、ピーカン・ド晴天。着ているTシャツは汗ばみ、滲んだ汗は顎からポタリポタリと滴る。
鳥居をくぐると敷地内には池があり鯉が悠々と泳いでいて、道沿いの竹林が風にそよぎ揺れ涼やかな音を奏でる。石畳の一本道を進み視界が開けると、様々な年代の墓石が一面に広がっていた。
見よう見まねで水場から桶と柄杓を適当に一つずつ拝借し、たどたどしいお参りをする。
(お姉ちゃん、那木です。お姉ちゃんに会ってみたいです。出てきてください)
手を合わせ姉さんに想いを伝え、十秒、二十秒待つものの、当然返事はない。
(テレビの心霊特集だと、ここで頭の中に声が響くのになぁ……)
望み、願えど、返ってこない彼女の声をじっと待ち続けた。どんな人だったんだろう。私と話してみたいとか、思ってくれていたのかな。
それとも――。
「わたしのことを疎ましく思っていたのかな」
ボソッとでた小さな呟きは、そよ風で揺れる竹林の音にかき消された。長い軸を大きく揺らし葉っぱの隙間からこもれ陽が射す。
――もし会えたら。
もし、彼女と話すことができたら、どんなことを聞いただろう。
悶々と意味のないことを考える、幼い哀れな私がいた。
それから暫くしてだ。そういう存在に期待したところで、何の意味も持たないことを理解したのは。
◇
「那木、全然ご飯進んでないじゃないの」
お母さんに指摘されて我に返る。晩御飯の最中だった。
「あはは……。きょ、今日引っ越してきた転校生のことを考えていたの」
「そう。この時期に転校なんて珍しいわね」
「東京からだって」
「へぇー、どこから引っ越してきたの?」
興味津々で聞いてくる。そうか、お母さんは東京出身だった。土地勘があるので気になるのだろう。
「わかんないなぁ。そういえば修学旅行先って東京だったよね。彼、ドンマイ」
「まぁいいんじゃないの。東京に住んでいても、近くの観光名所なんて普段行かないものよ。その子、名前は何ていうの?」
「高崎くん」
「――えっ」
お母さんの顔が一瞬強張った気がした。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
思案するお母さんの顔を横目に、明日のことを考える。
どうしたら、ドッペルゲンガーを成仏させることができるのか。本格的には期末試験後に考えればいいが、明日、思い当たるところへ出向いてもいいかなと思った。
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