冬から春、きっといつか……

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「アオイくん、カップケーキ作ってきたんだ、誕生日おめでとう」  形に残らないものにしようって決めていた。  だから夕暮れ時、そろそろデートもおしまいの時間に。  箱に入れてたそれを手渡す。 「色んな味があるから楽しんでね、好きなのあるといいけど」 「海音の作るものは全部好きだよ、美味しいし」 「ん?」 「ちゃんとオレへの愛が入ってた、でしょ?」  アオイくんの冗談に思わず笑ってしまった、その通りだし。  今日も多分、これでもかってほど入ってるから。  うんうん、と頷いて。  それでね、それで……。 「ありがとう、アオイくん。楽しかった、とっても」 「え?」 「そろそろ帰る、ね」  笑ってお別れを告げる私にアオイくんは驚いて。  少し考えてから観覧車を指さした。 「乗らない、の?」  あの日初めてのキスをした観覧車、それに一緒に乗るのはもう私にはできない。 「今日は乗らない」  首を振った私にアオイくんの顔から微笑みが消えて、真剣な目をした。 「……、最後だから?」 「うん……」  これが最後、これであなたとの全部を終りにするつもり、でも。  あふれるように出てくるのはたくさんの思い出たちだ。  何度もあなたが言ってくれた、「好きだよ、海音」と囁いてくれた声。  私の心の中に残った、アオイくんの優しい笑顔が消えることはきっとないだろうし。  あなたを好きになったことを後悔したことなんかない。  私はそんなに恋愛経験豊富じゃないけれど。  出逢えて本当に良かった、好きになれたことだけで幸せな恋なんて、この先ないんじゃないかな。  だから覚えていて、アオイくん。  アオイくんの中の今までの全部の私を忘れてしまっても。  泣いたりなんかしない、笑ってる今日の私だけは覚えていてほしい。 「アオイくんのこと好きになって本当に良かった。楽しい思い出がいっぱいだし、今日のもきっとずっと楽しい思い出になるから。思い出す度にきっと笑顔になれるよ」  だからお願い、アオイくん。  そんな寂しそうな顔、しないで。  私のために笑ってほしいのに。 「私の最後のワガママ、叶えてくれて本当にありがとう!」   深々とお辞儀をして。 「バイバイ、アオイくんっ!!」  クリスマスの日に、『バイバイ、…海音』と。  お互い泣きながら離れてしまったあの日を上書きできるように。  笑顔のままで。  私は、アオイくんの胸に一瞬だけ飛び込んで、すぐに離れた。 「バイバイ、」  驚いているアオイくんの目を見てしまえば私は泣き出しちゃうから、すぐに背中を向けて。  足早に駅に向かって歩き出す。  ヒールがついたパンプスじゃ歩きづらくて、もつれてしまいそうだったけれどそれでも必死。  涙で周りがゆがんで見えて、行きかう人は私の号泣する顔に驚いて足を止めたりもしてるようで。  恥ずかしい、恥ずかしいけれど。  仕方ないの、どうしようもないの、私だって止められないんだもん。  きっとまたしばらくは泣き暮らすことになりそう。  お姉ちゃんにウザイって言われたり、ご飯食べないとダイエットに丁度いいね、なんてからかわれたりして。  時々菜々ちゃんが周を放って私のところに遊びに来て、無理やり外に連れ出されて。  加瀬くんや山崎くんとはこれからも交流しながら、いつか……?  いつか、私はアオイくんのことを忘れてしまうのだろうか……?
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