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助手席を死守した蒔田さんは始終、上機嫌だった。
「飴、舐める? はい、あーん」
蒔田さんが飴を袋から出し、イザヤの口に入れようとしている。イザヤは運転しながら、「いらねぇーよ、バカ!」と言って懸命に肘で避けていた。
「本当にイザヤさんって、アメリカ人とは思えないつれなさよねー。ひょっとして女の子が嫌いなの?」
蒔田さんは出した飴を自分の口に入れながら、首をかしげた。
「お前みたいなタイプが嫌いなだけだ」
「えー、うそー、何で~? だって、この間は優しく抱いてくれたじゃん!」
陶也はひくりと、自分の顔が引きつるのを感じた。そういえば、あの時、休憩所で二人は何をしていたんだろう?
陶也はバックミラー越しにイザヤの顔を見つめた。
「だから、てめぇはそういう誤解するような嫌な言い方するな!あれは、ひっくり返ったお前を起き上がらせて、膝の上にちょっと乗せただけだろ」
「でも、あたしがひっくり返ったのはイザヤさんが押し倒してきたからでしょ!」
陶也は眉間に皺を寄せた。
(押し倒したって、何?)という念を込めて、バックミラー越しにイザヤを睨んだ。ミラーを介してばっちり目が合うと、イザヤは陶也に向かって何か言いたそうだったが、目を逸らして蒔田さんに怒鳴った。
「お前が俺の堪忍袋の緒を切るからだろ!」
「だから、何でそんな怒るの?!あたし、なんかした? なんにもしてないじゃん!」
「だから、俺とお前は根本的に相性が悪いんだ!いい加減、解れ!!」
「何で? 何で相性悪いって分かるの? あたし何にもしてないのに、ひど~い!差別だ~!」
蒔田さんは目に涙を浮かべたと思うと、ポロポロと泣き出した。
イザヤはぎょっとして助手席の蒔田さんをおろおろしながら見たかと思うと、「あーもう!」とイライラしながら、「はいはい、悪かった!お前はなにもしてないのに、すぐにキレる俺が全て悪い!」と言って、蒔田さんの頭をポンポンと優しく触れた。
それでもまだ蒔田さんは涙を浮かべたまま、恨みがましくイザヤをじっとりと見つめていたので、イザヤは渋面を作りると「やっぱ、飴ちょーだい」と、破れかぶれといった感じで口を開けた。
蒔田さんは直ぐに上機嫌になって、鞄から飴を出すと、イザヤに「はい、あーん」と言って口に入れた。
そのバカップルぶった様子を目の前で見せられ、陶也はイラついたが、イザヤは泣いている人に弱いから仕方がないのかもしれないと思った。そもそも、イザヤは陶也にだって、いつも泣きそうな時や泣いてしまった後、いつも優しくなった。バスの中で赤ちゃんが泣いた時もそうだ。イザヤの記憶で見た、妹に対する態度も同じだ。
(──本当に……イザヤって泣かれると誰にでも優しくしちゃうんだから……)
ってことは、イザヤと蒔田の休憩所の件も恐らく同じなんだろう。
イザヤがチラチラとバックミラーでこちらの様子を見ていた。目が合うと、焦って何か言い訳を言いたそうな、落ち着かない様子を見せ、陶也は思わず笑ってしまった。
イザヤは陶也の事をすごく気にしてくれている。
(だったら、まあ、いいか、許してあげよう)
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