春、序章

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春、序章

 「えっと……ゴメンな、俺好きな奴いるんだ……だから……」  そこまで話すと、彼女の目に涙が浮かび上がって、手元に持たれた(多分俺宛の)便箋をわずかに濡らした。  俺は慌てながらも必死に断った。 「こ、これ読んで下さい!!また明日ここにくるので…」  それじゃあ  と言って、彼女は俺の胸に手紙を押し付け、いそいそと帰ってしまう。  ハァ  思わずため息がこぼれ屋上につながる階段をこだまさせる。 「あの人俺の話なんっにも聞いてないし……」  俺は断りたかっただけなのに……  ガックリと肩を落とし、俺は電気のついていない薄暗い廊下に向かってため息をついた。  そのまま、俺の脚が前へ進む。  いつまでも此処にはいられない。  朝の時間は思っている以上に早く進む。そして、なんたって俺は学級委員長なんだから、授業に遅れるなんてそんな馬鹿な真似はできない。  とにかく、早くいかなきゃ。  歩む足が心臓の音に合わせて早くなったとき。 グイッ 「うわぁあ!!」  不意に、俺の手が掴まれ壁際に引き寄せられた。  ダンッ  鈍い音とともに、俺の背中は強くコンクリートの壁に打ち付けられ、同時にのど元を手で詰められた。  後から広がってくる鈍い痛みに、ギュッと目をつむる。 「おい、なに目つぶってんだよ……。こっちみろよ」  低い声が耳元で囁いた。  ぞっと背中かに伝わる声につられて恐る恐る目を開くと、整った綺麗な顔が意地悪に微笑んでいる。  頭が痛くなりそうだ。  高宮京悟(タカミヤケイゴ)は俺の1つ下の学年。今年入学してきた一年生だ。  ルックスからか入学してからずっと先輩や学年問わずの告白ラッシュが続いていて、今もなお、それは止まるような勢いじゃない。  俺としては一生話さなくてもいいような人間。そんな人間が、なぜか今俺を飼っていた。  フッっと息をついた。 「なに? 見てたの?」 「まぁな。妻の浮気を見てしまった夫の気分だ」  言いながらニコニコとした顔を近づけるから、両手で力一杯に押し退けた。 「やめろ、顔を近づけるな」 俺の口が歪む。 「へぇ? なんでだよ」  押しのけようとしたものの、あっさりとその手を掴まれ、顔の横におしつけられてしまう。  嫌だからに決まっているだろう!  叫びそうになりながらも、一旦息をのんで口を開いた。
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